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「マルジン」

 ぎい、と重い扉が開く。そこには、美しい王がいた。

「大丈夫か。皆、心配しているのだぞ」

 滑らかな、白い肌。洗練された、しなやかな体躯。

 慈愛に満ちた、新緑の瞳。つやのある、愛しい口元。

 茶色く長く、きれいな髪。まるで金糸のように煌びやかで、小鹿のように柔らかい。

「エムリス……」

 ぎこちない笑みを作ると、頬の切り傷がずきりと痛む。マルジンは思わず顔を背けた。

「……来ないでって、言ったでしょ」

 素っ気ない返事をするも、感情の高まりを抑え切れない。恋に焦る乙女のような、複雑な気持ちを隠せない。

「やはり、傷が痛むのだな」

 王の指が頬に触れ、細い傷がなぞられる。不思議と、痛みを感じない。むしろ、温かくて、くすぐった。

「何があったのかは知らないが……。こんなところに閉じこもっても、仕方がないだろう。見たところ、寝込んで治るような傷ではないぞ」

 事情を知りたげな王の視線。マルジンは無視を決め込む。彼の知らないところで、全てを終わらせたいから。

「大丈夫だから、心配しないで。早く、宴会の席に戻りなよ」

「心配するな、だと? それこそ、おまえの勝手なおごりだ」

 ……背中から、穏やかな体温が伝わる。抱き締められたのだ、ブリタニアの王に。そこには、同性を超えるような愛情はない。しかし、甘くて優しくて、そして切なかった。


 緩慢に、時が流れた。まるで、幼子のようだった。


「……マルジン。一つ、教えてくれ」

 王が囁く。真相の端を紐解くように。

「先日の、夢の話。あれは、本当のことなのか?」

 心なしか、言葉の端が震えている。真実を知ることは、いつだって恐ろしい。

「私は……、ブリタニアの王、エムリス・ウセディグは、戦場にて命尽きるのか?」

 マルジンが後ろを振り返り、初めて二人の目線が合った。長い沈黙を乗り越えて、彼はやっと口を開く。


「……そう思ってもいいし、思わなくてもいい」


 何とも言えない、曖昧な返事。真実など、どうでもいい。暗にそう示していた。


「あれはね、必要なことだったんだよ。君にとって……、僕にとって、必要なこと」

 自らにとって、理想の盤をつくること。それが、彼の望み。


 ――そう、これはグィズブイス、つまりゲームのようなものだ。ドルイドの二人が駒を動かし、最善の配置を求めるゲーム。

 防衛側は、王を守り道をつくる。攻撃側は、王を取り囲み捕獲する。

 どちらかが死ぬまで終わらない。それが、この争いの本質だった。


「……どういうことだ」

 訝しむ王の顔を、マルジンは愛おしそうに見つめる。

「君は、何も知らなくていい。……いや、知ろうと思うことすら、必要ない」

 王の長い髪を取り、ゆっくりとそれを梳く。子猫をあやすように、ゆっくりと。

「君はね。ただ、王であれば、それでいい」

 彼は信じていた。悪夢が消えた先にあるのは、蝶の舞うような美しい夢だと。


 エムリスに寄り添って、妖艶なキスを落とす夢。ベッドのシーツに身をうずめ、彼のことを抱きしめる夢。

 一糸まとわぬ姿となって、互いに肌を撫で合う夢。彼の長い長い髪の毛を、乱すように遊ぶ夢。耳元に口を寄せながら、「愛している」と囁く夢……。


 ――待っててね。僕のエムリス。


 彼は小さく笑った。

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King Arthurの系譜 中田もな @Nakata-Mona

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