wyth

 ――傷の治りが、いつもより遅い……。


 灯りのない、暗い部屋。温もりのない、白いシーツ。マルジンはベッドにうずくまり、癒えない傷を押さえていた。


 ――こんな格好悪い姿、エムリスには見せられないよ。それに、「君の叔父と戦った」なんてさ……。


 一たび事が知れ渡れば、きっとエムリスは悩んでしまう。だから、彼は黙っていた。自己流の適当な処置で、無理やり傷を塞ごうとした。


 ――エムリス。君は何も、心配しなくていいんだよ。僕が、この僕が、全部やってあげるから。


 そもそも、彼がメドラウドと対立するようになったのは、彼の特殊な能力が原因だった。そのおかげで、彼は「予言者」になったのだ。


 ――夢の中で、「未来」を視る。それは、随分と昔からのことだった。


 マルジンは、知っていた。自分の見る夢は、ただの幻想ではない。例えるならば、見る夢全てが、正夢になってしまうような。彼にとって、夢とはそういうものだった。

 ドルイドとは予言をするものだが、それはあくまで仕事の一部であって、当たることの方が少ない。かつては百発百中の予言者もいたらしいが、ローマの文化が根付いた今、正確な予言というものは、誰にもできなくなってしまった。

 だからこそ、彼は驚いた。自分自身の能力が、昔話に出てくるドルイドと、何ら遜色のないことに。


 ――そう言えば、初めてエムリスと会ったのも、淡い夢の中だったな。


 忘れるはずもない、甘い初恋の夢。自分の前に、立つ青年。彼は自ら、「エムリス」と名乗った。

 彼は美しい顔をこちらに向け、優しい笑みを浮かべていた。その柔らかい笑顔に。抗えない魅力に。あっという間に、恋に落ちてしまった。


 ――エムリスは、何度も僕の夢に出た。いつもの平原にも、二人で遊びに行った。だけど……。


 ……ある日を境に、夢の内容はがらりと変わった。まるでそれは、確定した未来を表しているかのようだった。

 エムリスは、叔父のメドラウドと手を取り合って、新たな王となっていた。王の傍らに仕えていたのは、自分ではなく、メドラウドだった。

 そして、彼は視た。王は小賢しい叔父によって、いいように利用されるのだ。メドラウドは、端から甥を操るつもりでいたのだ。都合のいい、道具として。

 

 ――だから、僕は乗っ取った。自分が王のドルイドとなれるように、未来を書き換えた。


 結果に至るまでの過程が分かれば、それを覆すことも簡単だ。つまり、「王占い」の儀式のときに、王の名を地に刻む。その役目を背負うのが、自分であればいいのだ。

 未来を知ったマルジンは、メドラウドを出し抜いた。そこには、何の呵責もなかった。


 ――だけど、メドラウドに気づかれてしまった。僕が未来を視ることで、筋書きを変えてしまったことを。


 メドラウドは、人を欺くことに長けている。ドルイドとしての腕も確かだし、何より王の叔父でもある。メドラウドこそ、王の傍に仕えるべきだと、声を上げるドルイドもいたほどだ。

 だからこそ、彼の矛先はマルジンへ向く。「自分が仕えるはずの王が、他のドルイドに取られた」と。計画が頓挫したのだから、その怒りは妥当だろう。例え、悪意が満ち溢れていたとしても。


 ――その成れの果てが、きっとあの夢なんだ。


 ここ最近になってからだ。毎夜のように、悪夢を見る。鮮血に染まった草原で、エムリス王が死ぬ夢を。

 今までに見たどの夢よりも、強固で、頑なで、動く気配のない。いくら目を覚ましても、再び眠れば同じ夢。彼だけが蚊帳の外で、王を愛した戦士たちも、そして王自身も、無意味な争いの末に息絶える。


 ――エムリスを殺すのは、紛れもなく、あいつだ。


 ドルイド僧・メドラウド。新たな王を擁立して、自らの甥に仇を成す者。サクソン族を招き入れ、ブリタニアに厄災をもたらす者。


 ――だから、僕が、あいつを殺す。

 

 殺す。

 殺す。

 殺してやる。


 マルジンはシーツを握りしめた。自らの理想を追い求め、愛する者が死なない世界へ。それが、彼の最も望む願いだった。

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