そして少女は少し大人になる。

 九月七日 月曜日


 またこの日に戻ってきてしまった。

 私はただ呆然としていた。


 神眼を得て、この世の森羅万象を理解し、悟りを開いてもなお。

 のりおくんを助けることは出来なかった。

 そして私は、ループを脱することが出来なかった。


 もう無理だった。

 私が考えられる全ての方法を使い果たした。

 それでもなお、のりおくんは死ぬのだ。


 死ぬことも出来ない。

 助けることも出来ない。


 じゃあもう、どうすれば良いって言うんだ。


 もし私がこのループに入ったことに意味があったとして。

 神様は一体、何をさせたいっていうんだ。

 時の牢獄に閉じ込めたまま、このまま一生ここで暮らせっていうのか。

 それとも何か、別の意図があるっていうのか。


「そんなの、ちゃんと言葉にしないとわかんないよ……」


 そこで私はハッとした。

 あらゆる手を使い尽くした、その先で。

 私はまだ、一つだけ、大切なことをしていないことに気がついた。



 九月八日火曜 午後二時五十分



 その日、いつもより早く学校が終わったのりおくんは、眠そうな顔で校門へとやってくる。

 彼は校門の前で手を振る私を見て、おっと表情を変える。


「どうしたの、紹巴つぐはちゃん。こんな場所で」


「のりおくんに会いに来たんだ」


「俺に? 何か用だった?」


「うん。……えと、ちょっとだけ歩かない?」




 九月八日火曜 午後三時二十分




 思ったよりずっと簡単に、のりおくんの死の運命を回避した。

 しかし、そのせいで現状、のりおくんの死の驚異は九千万個にまで増えている。


 でも、そんなことはもうどうでも良かった。


 二人で一緒に公園を歩く。

 のりおくんが事故に遭わないよう、安全な道を歩いた。


「それで、用事って?」


「えっと……」


 弱った。

 いざとなったら言葉が出ない。

 何度も色んな修羅場を乗り越えてきたはずなのに。

 こんな時だけ、勇気が出ないんだ。


 公園は穏やかで、空は青く澄んでいた。

 どこか遠くから子どもたちが遊ぶ声が聞こえて、小鳥たちのさえずりは歌うようだった。

 のりおくんの死の運命がなければ、理想的なデート日和だと思えただろう。


 やがて、私は覚悟を決めて。

 その言葉を口にした。


「私、のりおくんが好きなんだ」


 何の飾り気もない。

 大人みたいな駆け引きもない。

 ただただ突然の告白。


「のりおくんの彼女にしてほしい」


 すると。

 のりおくんは、少しだけ困った顔をした後。


「ごめん」


 と、その言葉を口にした。


「他に好きな人がいるんだ」


「クラスの人?」


「いや、バスケ部の先輩。憧れて、目指してる」


「そっか」


 私は天を仰いだ。

 あのクラスメイトの女、本命ですらなかったのか。

 どうやら私は、まだ更に上に存在する、強大な恋敵こいがたきに出会いもしていなかったらしい。


「そっかぁ……」


 おかしいな。

 何万回も辛い経験をして。

 色んなことを理解して。

 神様にだって近づいたっていうのに。


 こんなことで、どうしようもなく涙が出てくる。


 中学三年生で、思春期だった。

 森羅万象を理解し、悟りすら開いて。

 神様に限りなく近づいた、里村さとむら 紹巴つぐはは。


 初恋の終わりすらも、知らなかったんだ。



 その日、のりおくんが死んだ。

 そして、もう時が戻ることはなかった。

 私は、ループから脱したのだ。



 今になっても思うんだ。

 どうしてあの時、時間が繰り返したんだろうって。


 私はずっと、のりおくんの命を助けるためにループしたんだと思っていた。

 だけど違ったんだ。


 私はのりおくんにずっと片想いしていた。

 そして、その片想いを、ちゃんと終わらせることが出来なかった。


 だから、恋の神様が言ったんだと思う。


 ちゃんと終わらせろって。

 後悔しないようにって。

 それで私を、時の牢獄に閉じ込めた。



 翌年。

 私は高校生になった。

 華の女子高生だ。


 初恋の傷は、まだ完全には癒えていない。

 だけど何とか、前を向いて歩けそうな気配がある。


 高校に入って、アルバイトをしてみた。

 髪の毛を染めて、バイトで手にしたお金でオシャレもしてみた。

 実際にやってみると楽しくて、あれだけ憧れて遠い存在に見えた年上の女性たちは、実は自分とそこまで大差ないのだと気づいた。



 あの不思議な経験は、私を少しだけ、大人にしてくれた。

 そして、私にちょっとしたおまけも与えてくれた。



「おはよ」


 私が学校に行くと、クラスメイトが驚いて私を見る。


「里村、またベストタイミングの登校じゃん」


「今日は絶対に遅刻だと思ったのにぃ!」


「門のとこに生徒指導の先生いたでしょ? よくつかまらなかったね」


 口々にいう友人たちに、私はニヤッと笑いかける。


「今日は先生、お腹痛くなる予感がしてたんだよね。そしたら案の定だった」


紹巴つぐはの直感、相変わらずやばいよねぇ」


 感心する友人の言葉に、私は気を良くする。


「じゃあちょっとだけ、いい情報あげよっか」


「何?」


「今日、現国の武田先生、抜き打ちで小テストするよ」


「ええ!? 嘘、マジで!? どこ情報?」


「にっししし、内緒」



 時の牢獄で得た力を、未だに私は失ってはいない。

 今はその力を使って、楽をしたり、時々トラブルを解決したりしている。

 だけど、誰もそのことに気がついていない。


 私の無敵の学生生活は、まだまだここから続いていく。




 ──了

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女子中学生、好きな男子を死なせないために何度もタイムリープを繰り返した結果、全ての死亡フラグを見抜く最強の【神眼】を会得する。(尚、恋のフラグは見抜けない) @koma-saka

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