第4話
ソフィの足元に紫の魔法陣が描かれた。
やがてその魔法陣から、大きな宝箱に二本の腕をつけたような魔物が現れる。
「これは……ミミックか?」
「はい。私の使い魔です」
魔法使いは、特定の種類の魔物と使い魔の契約を結ぶことができる。
その契約は一度結べば死ぬまで破棄できない。よってソフィが生涯使い魔として召喚できる魔物はミミックのみである。
「あまり知られていないんですが、ミミックの口の中は特殊な亜空間になっていて見た目以上に広いんです。召喚魔法でいつでも呼び出せますし、荷物の運搬に向いているんですよ」
「……普通、使い魔といえば少しでも強い魔物を選ぶものだが、そういう基準で選ぶ場合もあるんだな」
「少なくとも魔法学園では私が歴史上初めてだったみたいです」
「……それは相当稀有だな」
この国の魔法使いのほぼ全員は、王立魔法学園を卒業している。
そして王立魔法学園では、使い魔の召喚および契約が教育カリキュラムとして組み込まれており、誰がどんな使い魔を選択したかは全て記録されている。
要するに、少なくとも国内では歴史上初と言っても過言ではない。
「さあ、この辺りにある荷物は全部食べちゃってください」
ソフィがそう命じると、召喚されたミミックが傍にあった棚を黒い手で掴み、口の中に入れた。身の丈以上の家具が吸い込まれる様は見ていてなかなか面白い。
魔法陣から二匹目、三匹目のミミックが現れ、同様のことをする。使い魔の契約は個体ではなく種族を対象に行われるため、ソフィはミミックだけなら十匹以上呼ぶことができた。
「あぁ、こらこら。無茶をする必要はありませんよ」
一匹のミミックが身の丈に合わないサイズのテーブルを口に入れようとした。しかし大きすぎたのか、なかなか入らずに困っている。
「あなたには、あなたの身体に合った大きさの荷物があります。ほら、あの椅子なんてどうでしょう?」
ミミックはちょっぴりプライドを傷つけられた様子で凹んでいたが、やがてソフィの提案通り椅子を飲み込んだ。
「細かい荷物は私の方で梱包しますね」
足元にいたミミックが口の中から二種類の箱を取り出した。
赤いチェック柄の箱と、それより一回り大きい青いチェック柄の箱だ。
「小物や割れ物は赤、衣類や書籍は青、植物など環境系は緑の箱に入れます」
「チェック柄が多いな」
「好きなんです」
本当は仕事着もチェック柄にしたかったが、記念すべき一人目のお客さんに「目にうるさい」と言われ、渋々今の見た目に変えたのだった。
「《
ソフィが杖を振ると、カップや皿などの食器類が浮き上がり、泡に包まれた。
この泡は衝撃を吸収してくれる、割れ物保護用のコーティングだ。泡は徐々に食器の輪郭に合わせて形を変える。ソフィはその食器を赤い箱に入れた。
荷物が次々と宙に浮き、優しく箱に詰められていく。
魔法使いならではのやり方だった。これなら見積もりと違って時間もかからない。
「あとは……封印魔法が必要な荷物ですね」
荷物を入れたミミックたちが、ひょこひょこと魔法陣の中に戻っていく。
その姿を見届けたソフィは、部屋の片隅に置いてある禍々しい武器類を見た。魔導書、杖、短剣、鎌……いずれも旅の道中で手に入ったものだろう。
その中でも一つ、今にもどろりと汚泥の如き邪悪が溶け出しそうな武器がある。
「その魔剣は、運べそうになければ処分してもいい」
険しい顔つきとなるソフィに、勇者が言った。
「邪龍ヴリトラの牙で作られたものだ。鞘に仕込まれた封印魔法で今は抑えられているが、本来なら資格ある者でなければ近づくだけで危険な代物らしい。旅の道中、使い手を探したが私以外に平気な者はいなかった。息苦しくなったら拒まれている証拠だから、離れた方がいい」
「確かに、息苦しさはありますけど……」
ソフィは顔の正面に杖を立てた。
杖の先端にレンズが生まれ、そのレンズを通して魔剣を観察する。
(この手の、選ばれし者だけが使えるっていう武器は、大体特殊なギミックが搭載されているだけなんですよね~)
正義の心を持つ者だけが台座から引き抜けるという聖剣。身を焦がすほどの憎悪を宿した者だけが装着できる呪いの鎧。こういうものは大抵それを生み出した鍛冶師のエゴでしかない。極稀に本物も存在するが、少なくともこの魔剣は違うようだった。
なら、そのギミックごと封印すればいいだけだ。
「えいっ」
導いた術式を空中に描く。
魔法陣がピカッと光り、魔剣の禍々しさが消えた。
封印成功だ。先程までは鞘から漏れ出た邪気に息苦しさを感じていたが、今はもう何もない。
「……君は、もしかしてとんでもない天才だったりするのか?」
「まあ、昔はよく言われてましたね」
素直に答えると、勇者は真剣な面持ちとなる。
「どうして引っ越し屋になったんだ?」
それだけ魔法の才能があるのに――という言葉は、きっと意図的に伏せたのだろう。
ソフィはこの問いかけの真意に気づいたが、敢えて意識しなかった。
「祖父母が引っ越し屋だったんです。しばらく手伝いをしているうちに、私もこの仕事に就きたいと思うようになりました」
「……そうか」
それはきっと有り触れた答えだった。
しかし勇者はその答えを聞いて、深く、深く、思いに耽る。
「……羨ましい生き方だ」
含みのある相槌に、ソフィは一瞬だけ視線を勇者に注いだ。
「勇者様は、どうして引っ越しを?」
問いの真意を隠しているのはソフィも同じだった。
本当は、どうしてあんなところに引っ越しを? と訊きたかった。
「私もいい歳だからな。終の住処を考えた時、この豪邸は合わないと思ったんだ」
もし、勇者様が死んだら……相当派手な国葬が行われるだろうなと思った。
だが勇者はそういった派手な催しを好まないのかもしれない。
その時――ソフィは見た。
見てしまった。
本棚から取り出された書物の数々。
そのすぐ近くに、分厚い紙束があった。
そこに記されているのは――――。
「こ、これは…………っ」
「それは原稿だ。勇者伝説という、私の過去を本にしたものがあるんだが……毎回、内容に問題がないか確認を頼まれているんだ。私自身が書いているわけではない」
知っている! 知っている! 知っているとも!
一瞥するだけで察することができた。この原稿は勇者伝説のもの! しかも昨晩貪るように読んだ最新刊の、更に次の巻だ!
興奮を悟られぬよう澄まし顔を保っている表情筋が、もう限界に近かった。頬がひくひくと動いてしまうので、ソフィは両手で顔を隠す。傍から見ればただの変な女だった。
「……確認作業は済んでいるし、よければあげようか?」
「えっ!?」
「欲しそうだから」
勇者が苦笑して言った。
ああ、必死に隠していたのに……。
ソフィは嬉しさと恥ずかしさを綯い交ぜにした表情で頷いた。
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