第17話 最後のプレゼント

 皆のお腹が満たされたのを確認すると、マルクはイシスを見て静かに頷いた。イシスは軽く一礼し、カンナの元に進み出る。

 その姿に「ついにその時が来た」と悟り、会場は静まり返った。


「これより、カンナさんの弔いの儀を始めさせていただきます」


 イシスが言うと、会場はカンナの方を向き、静かに目を閉じた。イシスは会場を一瞥した後、すぅっと息を1つ吐き、祈りを捧げた。


「我が名はイシス。火の精霊ガーネット、この者が天の国で寒さを感じぬよう、この身を温め給え。水の精霊セレスタイト、この者が体を清められるよう、天の国に泉を設け給え。風の精霊クリソプレーズ、この者が自由に行き来できるよう、天の国に風を吹かせ給え。闇の精霊アメジスト、この者が安らかに眠りにつけるよう、天の国を鎮め給え。光の精霊フローライト、この者が迷わぬよう、天の国を隅々まで照らし給え。神よ、どうかこの者に祝福を」


 イシスが唱えると、赤、青、緑、紫、黄、5色の光がカンナを包み込んだ。

 カンナの体の中央から、光り輝く白い光の玉が現れると、5色の光はカンナから離れ、光の玉を包み込み、空へと押し上げた。

 光の玉は5色の光と共に天井を突き抜け、そのまま上空へと昇り、やがて見えなくなった。




 カンナが旅立ったのを感じ、皆静かに目を開けた。マルクも最後にゆっくりと目を開けると、不思議とすっきり晴れやかな気持ちがした。


「カンナさんは今天国へと旅立ちました。弔いの儀はこれにて終了いたします」


 イシスが静かに頭を下げると、皆もそれに合わせて深々と頭を下げた。




 滞りなく葬儀が終わり、ラピスとルビーは棺に一礼し、蓋を被せた。


「これよりカンナさんをお墓へお連れいたします。道を開けていただけますか」


 イシスが促すと、モーゼの海割りのようにすぐに出口までの道が開けた。

 アパタイト教会の弟子達がドアを開けると、ラピス達は棺を慎重に持ち上げ、ゆっくりと外に出て、馬車に運び入れた。


「お二人は、カンナさんと一緒に馬車にお乗りください」


 イシスに促され、2人はゆっくりと乗り込む。馬車に乗るのは初めてなのか、2人とも少し緊張しているようだった。

 イシスが2人の緊張をほぐそうと、「この馬車、ミカエル牧師の私物で新品なんですって」と伝えると、2人の体はかえって硬直した。



 終始緊張のまま無事教会に着くと、イシスはゆっくりと馬車の扉を開ける。2人はやっと解放されたと思ったのか、揃って大きく息を吐いた。


「着きましたよ。こちらは教会の裏手のお墓です。カンナさんのお墓もあちらにご用意していますよ」


 イシスがカンナのお墓まで皆を引き連れ、案内する。近くに来ると、そこだけ大きな穴があいているので、すぐにここだとわかった。

 その場にはすでに「kanna age.36」と掘られた立派な墓石も建てられていた。


「お、おいっ。こんな立派な墓……。俺そんな金ないぞ」


 イシスは「第一声がそれですか」と笑う。


「だからお金はアクアちゃんからいただいてるって言ったじゃないですか。それ以上貰うつもりはないですよ」

「いや、だってそんな金じゃ」


 マルクが申し訳なさそうにしていると、ラピスとルビーが補足する。


「本当に気にしなくて大丈夫ですよ。葬儀は店長の趣味みたいなものなので」

「そうそう。うちは慈善団体みたいなものなので」

「いや!? 趣味でも慈善団体でもないんだけど!?」


 イシスには不本意な形だが、少なくともマルクにはなんとか納得してもらえたようだ。マルクは「ほんとにいいのか? 悪いな」と、少し遠慮がちに頭を下げた。


 イシスは少し不服そうな顔を向けるが、ふぅと1つ息を吐いて気持ちを切り替える。


「それでは続けていいですね? ミカエル牧師、お願いいたします」


 イシスの合図に合わせて、ミカエルは弟子達に指示を出す。弟子達は棺を慎重に持ち上げると、ゆっくりと穴に収め、スコップで優しく土の布団を掛けてあげた。

 マルクとアクアは手を合わせ、その様子を最後までしっかりと見届けた。


「ありがとうございました」


 マルクがイシスに向かって頭を下げる。


「あのままカンナの葬儀をしなかったら、きっとこんな晴れやかな気持ちでこの日を迎えられなかった。あんたのおかげだ」

「お礼ならアクアちゃんに言ってください」


 イシスが言うと、マルクは「そうだな」と笑った。


「ありがとな、アクア」

「どういたしまして!」


 マルクがアクアの頭を優しく撫でてやると、アクアは嬉しそうに「ふへへっ」と笑った。



 イシスは「最後に」と言って、2人に透明なクリスタルで出来たカードを渡した。


「これは、初めてご利用のお客様だけの限定プレゼントです。あとでぜひこのカードを墓石にはめ込んでみてくださいね。では、我々はこれで。あとはゆっくり家族だけの時間をお過ごしください」


 イシスが深々とお辞儀をすると、ラピス達もそれに倣った。

 アクアが「ありがとう!」と手を振ると、イシス達も「どういたしまして!」と大きく手を振って、彼らと別れた。




 彼らが去った後、マルクとアクアは先程のイシスの言葉を反芻していた。


「このカードを墓石にはめ込んでみてください……」


 確かによく見ると、墓石にはカードと同じくらいの大きさの溝が出来ていた。


「やってみようよ!」


 アクアに言われて、マルクはおそるおそる墓石にカードをはめ込む。


 すると、墓石とマルク達を包み込むように結界が張られ、その中だけ突然暗闇が訪れた。

 2人が驚いていると、やがてその暗闇をスクリーンにして映像が映し出された。


 それは、2人が大好きなカンナの姿だった。

 お酒を持って豪快に笑うカンナ。

 マルクの料理を美味しそうに平らげるカンナ。

 アクアの髪を結んであげるカンナ。

 お漏らししたアクアの洗濯物を渋い顔で干すカンナ。

 マルクからもらったバレッタを愛おしそうに見つめるカンナ。


 時々笑いながら、2人は並んでしばらくその映像を眺めていた。



「ありがとう、葬儀屋さん」






 一仕事を終えたイシス達は、先程の余韻に浸りながら心地よい気持ちで帰路に着く。


「はぁー! 今回もいい仕事したー!」

「自分で言っちゃうスタイル」

「うるさいな。それなら2人が言ってくれたっていんだけど?」


 イシスは口を尖らせる。


「いやぁ〜店長はさすがだなぁ〜。いい仕事のためには、自腹切るんだもんなぁ〜。いやぁ〜勉強になるなぁ〜」

「その嫌味ったらしい言い方はどうにかならないもんかね!」

「言い方はともかく、ラピさんの言ってる内容には激しく同意します」

「味方がいない……!!」


 と、思い返してみると、「そういえばいつも私には味方がいなかった」とイシスは気付く。


「それより、先程のは何ですか。初めてのお客様限定って、結局毎度毎度相手に感情移入して、無料であげちゃってるじゃないですか」

「さすが店長。もはや仏の境地……!」

「いや、仏じゃなくて、私聖女だから!!」

「「はいはい」」


 呆れ顔の2人に、イシスはまた口を尖らせる。


「いいもん。もうやけ食いしてやる!!」

「ほお。そんなお金があるならいいですけどね」

「ふんっ、この前ちゃんと稼いで来たし!」

「それならもうほとんど残ってませんよ」


 ラピスの言葉に、イシスは驚いて彼の胸ぐらに掴みかかる。


「は? もうないってどういう事!? 300万よ!?」

「サラッとニホン語で言わないでください。金貨30枚です」


 ラピスはあからさまに大きくため息をつくと、ルビーに目で合図する。ルビーはこくりと頷くと、カバンからそろばんを取り出し、ラピスの言葉に合わせて玉を弾いた。


「俺達の給料が1ヶ月金貨3枚なので、2人で金貨6枚、2ヶ月分で12枚。それに棺代が銀貨5枚と、お墓代がクリスタルカードの加工代含めて金貨17枚。それとあなたが情報収集と称して飲み食いしたお金が6軒分で締めて銀貨94枚と銅貨64枚。ルビー、残りはいくらになりましたか?」

「銅貨36枚ですね」


 「という訳です」ラピスは静かにイシスの次の言葉を待つ。ルビーがだめ押しとばかりに盤を見せつけると、イシスは「うっ」と胸を押さえた。


「さっ、360円…………」

「またニホン語で言ってるし」

「店長。誰が聞いてるかわからないんですから、発言には気を付けてください。余計変人に思われますよ」

「いいよ、もう……どうせ私には生きてる価値がないんだ……」

「そうかもしれませんけど、気を落としちゃダメですよ」

「お前、励ますか落とすかどっちかにしてやれ」


 ルビーが容赦なくイシスの傷口に塩を塗ると、イシスはさらにがっくり項垂れた。


「おい。立ち直れなくなってんぞ」

「うぅ……涙ちょちょ切れそう」

「あ、大丈夫そうですね」

「…………」


 イシスは急に不機嫌になった子どもみたいに、口を膨らませた。ルビーはそれに気付かないふりをして、「ところで」と話を変える。


「そろそろ教えてもらえません?」


 「何を?」と、イシスはまだ少し尖らせた口で返す。


「店長が葬儀屋を始めた理由ですよ」


 ラピスは我関せずとばかりにそっぽを向く。どうやら彼はこの件には知らん振りと決めているらしい。


「私には聞く権利があります。カルセドニーに内定が決まってた私に、『あなたの力が必要なの!!』って半ば騙すように引き抜いたのは店長ですよ」

「ふっ、私の目に狂いはなかったわ」

「……怒りますよ」


 イシスはナチュラルに土下座する。


「店長が邪な気持ちで始めたのはわかってるんです」

「いや、言い方」

「私の予想だと、店長は誰かから命を狙われていて、身を隠すための隠れ蓑として葬儀屋を始めたんじゃないかと睨んでます」

「いやいやいや、命狙われてるなら、店長として表に出ちゃダメでしょ」

「そこは店長の性格的につい、といったところでしょうか」

「といったところでしょうか、じゃないよ」


 「はぁ」イシスは大きくため息をつく。


(そんな大層な理由でもないんだけどなぁ……ただ言いそびれてただけで)


「まぁ、この話はその内ゆっくりとね」

「あ! またはぐらかした!」

「はぐらかしてるつもりないんだけどなぁ。ちょっとラピスからもなんとか言ってよ」

「さあ、私は知りません」

「あっ、このやろ」



 あぁ、またいつものが始まった。イシスが葬儀屋を始めて以来、3人のこの光景も見慣れてきたものだ。

 いつもはふざけてばかりの3人だが、葬儀の依頼が来れば、仕草や顔つきがガラリと変わる。彼らは人の死に真摯に向き合うプロフェッショナルなのだ。



「店長。理由教えてくれたら、今晩好きなもの好きなだけ食べて良いですよ。私の奢りで」

「えっ、ほんと!? じゃ、話すわ」

「……はぁ、単純すぎる」




 〜 カンナstory end 〜


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女の営む葬儀屋さん もなき @monaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ