第16話 感謝の宴

 マルクがイシスを見て「すまない。待たせたな」と少し恥ずかしそうに言う。


「よろしいですか? では、外の皆様にも入っていただきますね」


 イシスが、ラピスを見て頷く。ラピスとルビーは一斉にドアを開けた。


「皆様、お待たせいたしました。ご準備が整いましたので、どうぞ店内にお入りください」


 イシスが後ろまで聞こえるよう、声高らかに言う。


「「待ってたぞ!」」


 皆楽しそうに笑って入店する。

 今日はカンナを偲ぶ"宴"だ。皆その意図を理解し、終始明るく努めた。


 あっという間に、店内は人で一杯になった。店内に入りきらず、窓にかぶり付くように店内を覗き込む人もいる。大盛況だ。


 店内はザワザワと騒がしくなったが、マルクが一歩前に進み出ると、皆察したように静かになった。


「皆さん、今日は本当にありがとうございます。こんなに沢山の人が来てくれて、妻も喜んでいると思います。この店をオープンしてから8年、カンナはこの店の看板娘として……いや、娘って歳じゃないか」


 会場からドッと笑いが起こる。マルクは掴みよろしく、鼻を擦った。


「看板おかみとして、ずっと頑張ってくれました」


 どこかから「酒ばっか飲んでたけどな!」という声が上がると、会場からはまた笑い声が聞こえた。


「はは。ほんっと全っ然仕事しないで、お客さんと飲んで食ってでしたね。…………けど、この店には欠かせない人でした。この店だけじゃありません。俺やアクアにとっても、かけがえのない母親でした」


 マルクが少し潤んだ瞳で語ると、会場からは鼻を啜る音が聞こえ始めた。


「カンナは、陽だまりのような人でした。彼女の笑顔は、いつも俺達に元気をくれました。皆さんの心の中にも、カンナがいたから今日ここに来てくれたんだと思います。皆さんが知っての通り、カンナは明るく楽しい宴が大好きです。だから今日は思い切り飲んで楽しんで、どうか笑って送り出してやってください」


 マルクは最後にそう笑顔で締めた。彼が深々と頭を下げると、会場からは溢れんばかりの拍手が鳴り響いた。


「素晴らしいお話でした」


 イシスも彼に敬意の拍手を送った。




 マルクが柏手を打ち、宴の開始を告げる。


「ありがとうございます! 今日は料理も酒もたっくさん用意しました! 皆さん思う存分飲んで食べてってください!」

「おおおおおおお!!!」


 マルクが宣言すると、会場からは喜びの声が上がり、皆楽しそうに料理を取り分けた。


 今日は好きなだけ食べていって欲しいと、マルクは何種類もの料理を大皿に盛って会場に並べた。皆それを欲しい分だけ自身の皿に盛る。

 お酒も瓶ごとテーブルに並べてある。皆好きな酒を好きなだけ飲んで楽しんだ。


「利益度外視だ」


 「今日くらい良いよな」とマルクは笑う。


 実際、皆とても楽しそうだ。

 彼らはお酒や料理を持ってカンナの側に寄ると、語り掛けるように笑い合った。


 誰かがカンナの元にお皿を置くと、それを見た誰かが、自身の皿から料理を1つ取って、彼女の皿に盛った。それを見た誰かが前の人に続くと、他の人もそれに倣った。

 気付くと、カンナの皿には今にもこぼれ落ちそうな程沢山の料理が盛られていた。


「食いしん坊のカンナでも、さすがにそんな食べれないぞ」


 マルクが山盛りの皿を見て笑うと、周りも「そうっすよね」と笑った。




 楽しい時間はあっという間で、あれから数時間は経っているのに、マルクにはほんの数分の事のように思えた。


 マルクは壁に体を預けると、ゆっくりと会場を見渡した。

 皆お酒を片手に楽しそうに笑っている。ギターで陽気な曲を奏でる者がいれば、それに合わせてお腹を出して踊っている者もいる。


(これ見てると、カンナがいないなんて信じられないな……。本当に……もういないんだよな……)


 マルクは、ふとどうしようもなく寂しい気持ちになった。


(俺、カンナなしでやっけんのかな…………)


 マルクが途方に暮れた様子でどこか遠くを見ていると、彼の左手に温かい感触を得た。


 マルクが我に返って手元を見ると、その手は愛する愛娘に握られていた。


「おとうさんは ひとりじゃないよ」


 アクアがそう言ってにっこり笑う。

 マルクはその笑顔にカンナの面影を見て、驚いて目を擦る。


「どうしたの?」


 アクアが不思議そうに父の顔を覗く。

 今はもうそこにカンナはいない。その姿は紛れもなく、娘のアクアだった。


「そうだよな」


 マルクは笑う。そして、「アクアを産んでくれてありがとう、カンナ」と小さく感謝の言葉を伝えた。



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