第15話 マルクの涙
イシスがもう一度祈りを捧げると、ラピスとルビーもそれに倣った。
「それでは、カンナさん。皆さんとの再会のお時間ですよ」
ラピスとルビーが丁寧に棺の蓋を閉じると、側で控えていたミカエルとその弟子達に咳払いで合図した。
彼らはハッとして、棺に駆け寄る。
彼らもその場で一部始終を見ていたので、この後自分達が棺を運ぶ流れだという事は十分理解している筈なのだが、イシスの1つ1つの流れるような所作があまりに美しく、目を奪われてしまっていた。
少し心配になる面々だが、彼らアパタイト教会の協力なしに今回の葬儀は叶わなかった。
この世界に葬儀という文化はない。
人が亡くなると、家族は管轄する教会に連絡し、連絡を受けた教会の職員が遺体を運び、教会の裏手の墓地に埋葬するというのが通常の流れだ。
その際に牧師が祈りを捧げる事もあるが、それも絶対しなくてはならないというルールはない。
牧師が不在の時には遺体の腐敗を避けるため、全てを割愛して埋葬される事もあるし、元々何もせず埋葬する教会もある。
イシスは、アクアからカンナの話を聞くと、何よりもまず遺体の埋葬を止め、凍結保存させる事を最優先した。
ラピス達の話を遮ってまで出掛けたのは、そういう訳だったのだ。
イシスがアパタイト教会に赴き、事情を説明すると、彼らは二つ返事で了承しただけでなく、自ら葬儀の手伝いを買って出た。
彼ら聖職者にとって、かの有名な聖女に力を貸せる事は大変名誉な事に当たる。
アパタイト教会は街の教会、カルセドニー大聖堂は全ての教会を束ねる代表であり、その教皇候補のイシスは聖職を志す者にとっては神のように崇める存在だ。
そういう訳で、イシスが手を借りたいと思った時には、たとえそれが葬儀関係の事であろうと、教会は喜んで手を貸してくれるのだ。
イシスが勝手口から店内に入ると、マルク達は察したように緊張した面持ちになった。
「カンナさんをこちらへ」
イシスの合図を聞いて、弟子達が店に棺と台座をゆっくり運び入れた。
中央に台座を設置し、その上に慎重に棺を乗せると、マルクやアクア、常連客達が棺の周りを取り囲んだ。
ラピスとルビーが棺に一礼すると、ゆっくり蓋を持ち上げた。
「「「わぁっ…………!!」」」
棺の中のカンナは、今まで見たどんなカンナよりも美しく輝いていた。
「おかあさん すっごく きれい!!」
アクアは棺の周りで飛び跳ねて喜んだ。
「いかがですか?」
イシスがマルクにも確認すると、マルクは俯き、体を小刻みに震わせていた。
「おとうさん……?」
アクアも不審に思い、父親の顔を覗き込む。マルクは娘から顔を背け、手で顔を覆った。
「頼むから……こっち……見ないでくれ……」
マルクの声は明らかに震えていた。
「おやっさん……」
常連客達も心配そうに見つめる。
マルクはこちらに背中を向けて、吐き出すように言った。
「ったく……綺麗なんてもんじゃねぇよ……っ……。こんなん…………っ……」
マルクは、乱暴に目元を拭う。
「俺……結婚してから……何も……してやれてなっ……っ…………。さいってーだな…………こんな事なら……っ…………」
マルクは拳を握りしめ、何度も何度も自分を戒めるように、自身の太ももを叩き続けた。
「おとうさん!! あし いたくなっちゃうよ!!」
アクアは父親の元に駆け寄り、彼の腕を全身で受け止めた。
「アクア……俺は最低の旦那なんだよ」
マルクが自虐的に笑うと、アクアは大きく首を振る。
「そんなことない!! おかあさん いってたもん!! わたしは おとうさんと けっこんできて アクアにであえて ほんとうに しあわせだって!! おとうさんの おかげで まいにちが すっごく
たのしいって!!」
アクアは掴んだ父親の手を強く握りしめた。
「私もそう思います」
イシスもアクアの言葉に同意する。
「私初めてカンナさんを見た時、『なんて幸せそうな顔なんだろう』って思ったんです。こんな幸せそうな顔した人が、マルクさんの事最低だなんて思ってる訳ないじゃないですか」
「そうっすよ!! おかみさん、いつも俺らに嬉しそうにおやっさんの話するんすよ!! 『ほんと不器用でどうしようもない人だ』って言いながら、すげえ嬉しそうなんすよ!!」
「俺もおかみさんに相談事するといっつも『うちの人なんて』って、全部おやっさんの話に持ってっちゃうんすから!!」
マルクは「はは」と空笑いをしながら、「どうしようもねぇな、俺は」と情けなく笑う。
「でもおかみさんだって、仕事もしないで俺らと一緒になって酒飲んでんすから、変わんねっすよ。お似合いの夫婦じゃねっすか」
1人が言うと、「そうだな」「確かにそうだ」と皆口を揃えて笑った。
マルクも思わず「それもそうだな」と笑った。
「似合いの夫婦か」
マルクはその言葉を噛み締める。
「あーくそ! 笑って送り出すっつったのに…………仕切り直しだ!!」
マルクが言うと、皆「しょうがないっすね!」と言って、また笑った。
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