第14話 魔法のようなひと時

 今日は大事なカンナの葬儀の日。

 イシスだけでなく、ラピスもルビーも今日は黒づくめの衣装を見に纏っている。


 ラピスは固めのワックスを手に取ると、両手に馴染ませ、目元まで掛かった前髪を手櫛で後ろにかき分け、オールバックに決める。


 ルビーはフワフワのブロンドの髪の毛をブラシで軽くとかすと、1つにまとめ、クルッと1回転させてお団子にする。仕上げに濃いめのリップを塗ったら、完成だ。


 元が良いからか、2人はこれだけで様になる。良い所のパーティーに出しても恥ずかしくない程度には。


 イシスは「店は毎日営業してるんだから、いつもその格好でいてくれないかな」と頼んでいるのだが、聞く耳を持つ彼らではない。


 普段は力を抜き、本番にだけ力を発揮する。彼らに言わせれば、本番に力を発揮するために普段力を抜いているのだとか。


 いずれにしても、こちらの支度は整った。


 

 イシスは声に出して最後の確認をする。


「化粧道具!」

「持ちました」

「お墓の手配!」

「出来てます」

「馬車の手配!」

「出来てます」

「よし、行こう」


 3人は互いの顔を見てコクリと頷くと、マルクの店に向かった。



 3人が着いた頃には、マルクの店の外にはすでに沢山の人で溢れ返っていた。

 あまりの人の数に驚いたが、どうやら常連客が今日の葬儀の事をそこら中に触れ回ったらしい。


 カランカランと音を立てて店内に入ると、マルク親子と常連客が「よお!」と手を挙げて歓迎した。


「思った以上にいるんでびっくりしたぞ! 多めに作っておいてよかったけどな!」


 マルクの嬉しそうな様子に、常連客もしてやったりの表情だ。


「私も驚きましたよ! カンナさんの人柄ですね」


 イシスが返すと、マルクも満更ではない様子だ。


「こんにちは」


 アクアが、イシスの服の袖をくいくいっと引っ張る。


「あら、アクアちゃん。こんにちは。今日はおめかししてるのね」


 イシスが気付くと、アクアは嬉しそうに「ふへへっ」と笑った。


「あ、さっき教会から馬車が到着したみたいだぞ。表は人でごった返してるから、裏に回ってもらったんだが」

「ありがとうございます。行ってみます」


 3人はキッチンの脇から店の裏手に回る。裏にはちょうど今到着したばかりの馬車から、牧師が降りて来るところだった。イシスに気づくと、牧師は深々とお辞儀する。


「イシス様、お目にかかれて光栄です。牧師のミカエルと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「ミカエル牧師、こちらこそよろしくお願いいたします」

「まずはこちらのご遺体をご確認ください」


 ミカエルに促され、馬車の中を確認する。中で待機していた弟子達が丁寧に棺の蓋を持ち上げると、透き通った氷の中で眠るカンナの姿があった。


「はい。間違いありません」


 イシスの言葉を待ってから、ミカエルが弟子達に指示を出す。弟子達は台座を設置すると、棺を慎重に持ち上げ、その上に置いた。

 


「では、始めます」


 ラピスとルビーは後ろに控え、静かに頭を下げる。イシスは祈りを捧げ、カンナに触れた。


「我が名はイシス。氷の精霊エレスチャル、かの者を保護している魔法を解き放て」


 呪文と共にカンナの体は光り輝き、カンナを取り巻く氷の膜は、ゆっくり少しずつ溶けていき、やがて跡形もなく消えてなくなった。


 氷の膜から姿を現したカンナの姿は、まるで今にも目を覚ますのではないかと思う程に綺麗な状態を保っていた。


「とても幸せだったのね」


 当時着ていた衣服も綺麗な状態だったが、僅かに肩の辺りに皺が寄っているのが、当時の様子を思い起こさせた。


「マルクさん…………」


 イシスは肩に手を置き、火と風の精霊に力を借りて、皺を伸ばしてやる。


「髪型も崩れてしまっているわね。ちゃんと私が治すからね」


 イシスがそう優しく声を掛けると、ルビーはブラシを手渡した。ラピスは慎重に彼女の上半身を持ち上げて支えた。

 イシスは結び目が緩んでしまった髪を一度解き、頭の天辺からゆっくりブラシを滑らせていった。


「綺麗な髪ね。マルクさんからも言われた事ないですか? ……あ、あの人はそんな事言わないか」


 イシスはクスクス思い出し笑いをしながら、彼女の髪に触れる。

 指通りが良くなるまでしっかり髪をとかすと、ゴムで1つに纏め、最後にバレッタを付けてあげた。


 随分使い込んだバレッタだなと思ったら、初めてのデートの時にマルクがくれたもののようだ。


「ずっと大切にしていたのね。とてもよく似合ってるわ」


 ラピスはそっと彼女の頭を棺に戻す。ルビーはイシスの進行を見て、化粧道具の入ったボックスを抱き抱えるように両手に持った。

 イシスはそこから順に必要なものを手に取っていく。

 

「次はお化粧をしましょうね」


 イシスはペンシルを取って、片方ずつ眉を描いた。


「カンナさんは活発な印象だから、少し目尻は上向きに描きますね」


 眉を描き終えると、ペンシルをボックスに戻し、下地のクリームを手に取る。


「肌全体にしっかり塗っていきますね。……うん、小麦色の肌によく馴染む」


 イシスはクリームをボックスに戻し、粉のファンデーションと化粧ブラシを手に取る。


「さ、これをサッとはたいたら、もっと綺麗に見えますからね」


 イシスが肌にブラシを滑らせると、妖精がダンスをしているかのように、キラキラと煌めいた。


「チークも少し入れましょうか」


 イシスはチークを手に取ると、ブラシでちょちょんと2か所頬にのせた。


「うん、可愛い」


 イシスはチークを戻すと、顎に手を置いて、楽しそうに悩む。


「どうしようかなぁ。カンナさんはどっちがいいですか?」


 イシスは、オレンジとピンクのリップを手に持ってカンナに見せる。


「うん、やっぱりオレンジのリップかな。明るい陽だまりのようなカンナさんにぴったりのリップ」


 イシスがカンナの唇にリップを滑らせると、彼女の唇は華やかに色付いた。



「カンナさん、とっても綺麗です」



 ラピスとルビーも同意の代わりに、静かに頭を下げた。


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