第16話 噂の婚約者

 留学後初の授業が終わるとすぐ朝風は教室の皆に囲まれ話しかけられていた。

 興味を持ってもらえるのは嬉しいけど勢いと圧が凄い……

 少し困ったように朝風がキャロルに視線をやるとキャロルもまた友達に囲まれて何故かお祝いされていた。

 「お祝いされてるみたいだけど何か良い事でもあったのか?」

 朝風は周りを囲む声が途切れたのを見計らって隣のキャロルに声をかける。 すると何故か朝風やキャロルの周りにいた皆が一様に静まり二人の会話に耳を傾けた。

 えっ……何か変な事言ってしまった……?

 「アサカゼなんかには教えてあげないわよ!」

 不機嫌そうに一言だけ言うとキャロルはプイッと窓の外を向いてしまう。

 その様子を見ていた茶髪の少女が呆然としていた朝風に近づくとポンと肩に手を乗せた。

 「頑張ってね、この子ってば照れ屋さんだから。 まあ、君の方がよく知ってるのかもしれないけど……」

 茶髪の少女が意味ありげにニヤッと笑うとその周りからも同じような視線を向けられる。

 「私はエマ・ウェルズ、同い年だしエマでいいわ。 困ったことがあったらなんでも聞いてね?」

 「じゃあエマ、一つ教えてくれ。 何故俺は皆から意味ありげな笑みを向けられてるんだ……?」

 エマは『本当にわからないの?』と言う少し驚いた顔をした後、フッとため息をついた。

 「アサカゼくん、君はキャロルの婚約者でしょ……?」

 婚約!? まだプロポーズした記憶はないぞ!? いや、してたとしてもなんで知ってんの!?

 「えっと……その情報はいったい何処から……?」

 普通に考えて情報源はキャロル一人しかいないのだけれど……

 「いつだったかな……すごく小さな頃から日本の男の子が婚約者って聞いてたし、毎年帰ってきてから暫くは君の話ばかり……」

 「ちょっと、エマ!? なに勝手にアサカゼに話しちゃってるのよ!」

 外方を向いても話には耳を傾けていたキャロルがエマの話を遮る。

 「おいキャロ、どのくらいの人がその話知ってるんだ……?」

 「多分キャロルを知ってる人はみんな知ってるんじゃないかな?」

 朝風の質問に困ったように口を噤んだキャロルに代わって答えたのはエマだった。

 理事長でもあるロバートさんの娘であるキャロルは恐らく学園の有名人だろう。 つまり学園のほぼ全員が……

 「昔から人気者のキャロルにボーイフレンドがいないのも、言い寄る人がいないのも昔から皆君を知っているからだよ」

 キャロルを誰にも渡すつもりは昔からなかった朝風は、そう言われてしまってはもう許すしかなかった。

 「じゃあ、エマ達から見ると『初めまして』よりは『やっと来たか』って思ってたりするのか……?」

 感心した顔でエマは朝風を見る。

 「結構察しが良いんだね、アサカゼくんは。 ちなみに今朝キャロルが婚約者の君と仲睦まじく歩いてたって噂も既に広がってるみたいだよ」

 やっぱり今朝の視線はそう言う意味だったのか!!

 「アサカゼは私のこと小さい頃から大好きなんだから別に良いじゃない? それとも私が婚約者って思われるの嫌だった……?」

 周りに聞かれるのは恥ずかしいのかキャロルは日本語で朝風に聞いてくる。

 「最近それに近しい事言っちゃったし気にすんなよ。 だから不安そうな顔をしなくてもいいぞ」

 聞かれては恥ずかしいことを言ってる自覚があったので朝風も日本語でぼそりと答えると、キャロルはぱあっと笑顔に戻る。 日本語がわからなくても聞かれては恥ずかしい話をしていた雰囲気は伝わったのか沸き立つ周りと言うおまけ付きで。

 「ねえ二人とも今どんな話をしてたの!?」

 興味ある皆の代表のつもりか溢れ出る興味を抑えられないのか目を輝かせたエマが聞いてくる。

 キャロルは小声で『逃げるわよ、話を合わせて』と日本語で言う。 朝風も『了解』とアイコンタクトを送る。

 「次の授業まで時間がないから急いで移動しなきゃって話てたのよ」

 「うんうん、そう言う感じかな! キャロ、次の教室まで案内してくれないか?」

 「仕方ないなあ。 じゃあみんな、私たちは先に行ってるわね!」

 勢いよく立ち上がった朝風とキャロルは手早く荷物を纏めると逃げるように教室から飛び出した。


 廊下を少し進んで周りに誰もいなくなると苦笑いを浮かべた朝風がキャロルに声をかける。

 「もはや俺の自己紹介は不要だったじゃねえか……」

 「私のお陰でみんなと仲良くなれてよかったじゃない!」

 キャロルは悪びれる様子もなければ寧ろ幸せそうに笑っていた。

 そんなに幸せそうな笑顔を見せられたら無条件に許しちゃうだろ……

 「じゃあ、逆に堂々と手でも繋いでやろうか?」

 朝風は冗談のつもりで言ったのだがキャロルは本気にしてしまったようで頬を赤く染める。

 「アサカゼが言ったから仕方なくよ……? 私だってこんな所で恥ずかしいんだから……」

 そうは言いながらも一歩隣に距離を詰めてきたキャロルは朝風の手を握った。 

 冗談のはずが本当に手を握られてしまった朝風も少し恥ずかしそうにキャロルの手を握り返す。

 「アサカゼ、次の教室行こっか……?」

 「おう……」

 キャロルに手を引かれた朝風は誰かに見られてないかキョロキョロと周りを見ながら次の教室へ歩くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る