第15話 留学の始まり
——翌週
ついに今日が留学初日の朝風はキャロルと共に学園へと向かって歩いていた。
「ねえアサカゼ。 私と並んで学園に行けるなんて夢みたいでしょ?」
確かに夢みたいだな。 この時代に戻る前の俺には想像すらもできない光景だ。
「キャロこそ俺と一緒に行く夢が叶ってよかったな?」
いつものようにニヤニヤと笑顔を浮かべて聞いてくるキャロルの言葉に朝風もニヤリと言葉を返す。
「そうよ。 私は小さい頃からこの日が来ることをずっと待ってたのよ……?」
キャロルは少し恥ずかしそうに視線を逸らし、隣を歩く朝風のシャツの裾をギュッと掴む。
不意にこう言う事してくるから油断出来ないんだよなこいつは……
「なんか同じ学園生っぽい人たちの視線集まってるけど良いのか……?」
「私が学園で一番美人で可愛いからよ!」
同じ方向へ歩く歳の近そうな人々の視線が気になる朝風に聞かれたキャロルは笑って答える。
いや確かにあり得そうな話ではあるが……
「理事長の娘が異国の男の子を連れて歩いてれば誰でも気になるでしょ?」
言われてみればあんな宮殿みたいな家に住んでる富豪の娘が有名人でない訳がなかった。
「じゃあ、その手を離してくれないか……?」
初日から理事長の娘をたぶらかす不埒な輩のレッテルを貼られるのは勘弁願いたい。
「嫌よ。 アサカゼが迷子になって遅刻でもしたら私がパパに怒られるんだから!」
諦めた朝風はどこか楽しそうなキャロルに袖を引かれて学園へと歩いた。
暫し歩いて到着したのは大きな白い校舎。
「私はこのまま教室に行くけどアサカゼは事務室に行って入学手続きを済ませてくるのよ。 また後でね!」
キャロルから詳しい場所を聞いた朝風は手続きをするため職員室へ向かった。
この国でも入る時のマナーみたいなのあるのだろうかと、朝風がドアの前で頭を抱えていると背後から声をかけられる。
「君が噂の留学生ね?」
突然聞こえた声に驚いた朝風がバッと振り返ると最近見慣れ始めた金髪の女性が立っていた。
「ソフィアさん!? どうしてここに!?」
背後から声をかけてきたのはキャロルの母であるソフィアさんだったのだ。
「どうしてって……ここは私の職場よ、言ってなかったっけ? それと、ソフィアさんじゃなくて、ちゃんとソフィア先生って呼んでね?」
聞いてないよ! と言うか驚かせようとあえて黙ってたのでは!?
悪戯っぽく笑う顔はキャロルのものとよく似ていて言葉の裏に隠された真意が容易に想像できてしまった。
「ところで、ソフィア先生。 転入の手続きはどうしたら良いですか?」
「えっと、それはね……」
ソフィアさんに連れられて入った事務室で朝風は渡された数枚の書類にサインを書いた。
「これで晴れてこの学園の一員ね。 このあと私の担当する歴史の授業から参加すると良いわ」
「わかりました。 ありがとうございます」
少し手狭な事務室で朝風は事務仕事をこなすソフィアさんの近くに座り授業の時間を待っていた。
仕事に集中しているのか特に会話もない空間に気まずさを朝風が感じ始めていた頃、ソフィアさんに話しかけられる。
「まだアサカゼくんがうちに来て一週間くらいしか経ってないけど、あんなに毎日楽しそうなキャロルは久しぶりに見るのよ私」
確かに最近のキャロルも毎日楽しそうにしているが特別楽しそうにしているとまでは感じていなかった朝風は首を傾げる。
「そうなんですか? 俺には普段通りのキャロにしか見えてなかったですけど」
「確かにいつも楽しそうにはしてるのよ? でも、よく寂しそうな顔をしていたの。 特に米国に帰った後のこの時期は特に」
米国に帰ってからのキャロルが寂しい思いを抱えていたことは先日のキャロルのお気に入り巡りの時に聞いていたが母に心配をされてしまう程だったんだな。
「ロバートさんから聞いてはいたけど本当にあの子はあなたのことが大好きなのね……もし泣かせたりしたら許してあげないわよ?」
「心配しないでください。 俺もキャロを泣かせてしまったら自分を許せなくなりますから……」
昭和十五年の夏、走り去るキャロルを呼び止めることも、かける言葉を見つけることも出来なかった自分を今でも許せない。 だから同じ道は絶対に辿らない。 辿らせない。
「私も、ロバートさんがあなたをとても気に入ってる理由が少し分かった気がするわ。 キャロルを頼むわね」
「はい、勿論です」
力強く頷く朝風を見て、ソフィアさんは安心そうに笑った。
「そろそろ授業の時間よ。 教室まで案内するわ」
事務仕事を切り上げ事務室を出るソフィアさんに倣い朝風もその後ろをついて校舎を歩いた。
「私が呼ぶまでここで待っててね。 少しだけ自己紹介の時間を作ってあげるから」
朝風にそう伝えるとすぐに教室に入っていったソフィアさんを待つこと数分、ドアが開かれ教室内へと促される。
まずは教室の皆と仲良くなって、共に未来を変える仲間を作ろう。
「日本からきた海原朝風です。 米国のことがもっと良く知りたくて留学に来たので色々教えてくださいね。 よろしくお願いします!」
朝風が簡単な自己紹介と挨拶をすると教室の生徒たちが各々興味深そうに朝風を見る。
教室の最後列に座るキャロルだけはニヤニヤと笑って朝風を見つめていた。
「じゃあ、アサカゼくんは最後列のキャロルさんの隣に座って? 授業始めるわよ」
促された席に座ると隣のキャロルがにやけた顔を近づけ耳打ちしてくる。
「緊張してたのアサカゼ? 表情固かったわよ」
「当たり前だろ、転校すらしたことないんだから」
でも、これで始まったんだな。 新しい未来がきっとここから始まる。
そんな期待感を持って前を向いた朝風は授業にも集中して取り組むのだった。
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