第2章 米国編
第12話 米国へようこそ!
——昭和十三年 九月
米国へ向かうためロバート氏の商船に乗船した朝風達は二週間の船旅を終え久々の陸地に降り立った。
「アサカゼ、サクラさん! 私たちの国、米国へようこそ!」
遂に来たんだな。 遂に始まったのだな。 未来への挑戦が。
朝風は異国の空気を胸いっぱいに吸い込み笑って答える。
「キャロ、よろしく頼むな!」
「私たちは米国に来るのも初めてだから色々教えてね? キャロちゃん」
キャロルは珍しく二人に頼りにしていると言われて嬉しくなり、つい緩んでしまった頬に力を入れる。
「困った事があったらいつでも私に言うのよ! 何でも助けてあげるんだから!」
「ならば二人をホームステイ先に案内してもらえるかね? 俺は今から会議だから頼むぜ」
入国手続きなどの手助け以外は三人のやり取りを傍観していたロバート氏はキャロルの肩をポンと叩くと港の建物へと入って行った。
「そういう訳だから、今からホストファミリーに会いに行くわよ」
キャロルは笑顔で朝風に一歩近づいて手を取ると、近くに用意されていた黒い自動車に向かって歩き出す。
「おいおい、そんな引っ張るなよ。 荷物多いんだから歩きづらいだろ」
「アサカゼは楽しみじゃないの? 新しい生活だよ?」
「そう言われてしまったら何も言えないな」
異国の空の下でも変わらない眩しい笑顔で聞いてくるキャロルに朝風の歩みも追いつく。
「若い子達は元気ねぇ。 置いて行かないでよ〜?」
お姉さん(二つしか違わない)は船旅だけで疲れちゃったと言いたげに苦笑いする桜が追いつくと一行は自動車へと乗り込みホームステイ先に向かう。
ロバート氏は絶対気に入る場所を手配してくれると言っていたがホームステイだったとはな。 米国文化や米国人を理解したいという俺の願いを叶えてくれたのだろうが……
他所の家となれば気軽にキャロルも来れないだろうからな……寂しくなるな……
数十分後、大きな門の前で停車した自動車から三人は降りる。
「ついたわ。 ここが二人のホームステイ先よ」
キャロルの視線の先には白い外壁の豪邸というよりは城や宮殿という言葉の方が適切に思えるほど大きい建物が鎮座していた。
「桜姉さん。 俺、海原の家はかなり大きな家だと思ってたよ。 つい数秒前まで……」
「凄いわねえ……まるでお城だわ……」
朝風と桜はどうみても個人宅とは思えない宮殿を前にし呆然としてしまう。
「二人とも何してるの……? そんな所に突っ立って」
キャロルは眼前の宮殿を見慣れているのか、何故棒立ちしているのか分からないと言う顔をして訝しげな視線を向けてくる。
「ああ……悪い。 あまりにもデカい家に連れて来られたから驚いて……」
「早く来ないと置いてちゃうわよ?」
広い庭園に敷かれたレンガの道に沿って歩き進んでいくキャロルを二人は追いかけた。
少し進むと見えてきた広々としたエントランスでは緩くウェーブのかかった金髪ショートカットのお姉さんが穏やかな微笑みを浮かべて待っていた。
「あなたがアサカゼくんね? そしてこちらのお嬢さんがサクラさん……でよかったかしら?」
「初めまして。 海原朝風です。 よろしくお願いします」
「本郷桜です。 よろしくお願い致しますね」
朝風と桜は失礼のないようにと深々と頭を下げる。
「そんなに畏まらなくていいのよ? 毎年キャロルがあなた達にはお世話になってるんだから」
最初見た時から感じていたキャロルによく似た顔立ちをしていると言う感想はどうやら間違いではなかったらしい。
「キャロ、お前にお姉さんが居たなんて初耳だぞ」
「はぁ? 私に姉なんていないわよ?」
姉という訳でないならキャロルの親戚のお姉さんって感じなのかな。
朝風の視線に気付いたのかお姉さんはふふっと笑う。
「私はソフィア・ベネット。 キャロルの母よ、アサカゼくん」
「ええっ!! えっと……これがアメリカンジョークってやつなのか……?」
隣にいるキャロルに視線を向けて聞いてみる。
いくら見るからに歳上とは言え流石にキャロルほどの年齢の娘がいるような年齢には見えないが……
「なに人のママをおだててるのよアサカゼ」
朝風はキャロルの刺すように冷たい視線で言葉の通り真実であると理解した。
「えっとつまり……ホームステイってキャロの実家だったの!?」
「嬉しい? 驚いたでしょアサカゼ!」
「うんまあ嬉しいよ。 てか、この宮殿お前の実家なのかよ!!」
驚きの事実の連発に理解が追いつかないよ! 頭がパンクしそうだよ!
「桜姉さんは滞在先がキャロルの実家だって知ってたのか……?」
衝撃の事実に驚く朝風とは反対に、驚く朝風をキャロルと共に眺めて笑う桜に疑惑の視線を向ける。
「もちろん知ってたわよ。 キャロちゃんとロバート様と朝くんをビックリさせようってお話してたの」
ロバート氏の絶対気に入るってそう言う意味だったのか!! あの人絶対俺がホームステイでキャロと離れるの寂しいって思うことまで全部計算してやっただろ!
「どうしたのよアサカゼ? 面白い顔しちゃって」
いつものようにニヤニヤした笑顔を向けてくるキャロと朝風はまた一緒に暮らせることを密かに喜ぶのだった。
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