第13話 キャロルの街

 ——翌朝

 「起きてアサカゼ。 ねえ、いつまで寝てるの!」

 まだ夢の世界に居た朝風が腹部への強い衝撃で目を開けると既視感を感じる光景が広がっていた。

 馬乗りになって起こすのは俺の家での勘違い騒動で懲りたんじゃねえのかよ……

 「おはよ、キャロ。 まずは降りてくれないか……?」

 「あんた二度寝する気でしょ。 まあ……三十分くらいならここで待っててあげなくもないけど……」

 そう一言だけ言うと腹部に跨っていたキャロルは朝風の胸に倒れ込み抱き着いてくるように寝転んだ。

 もしかして、二週間近く船の上で二人きりで過ごす時間がなくて寂しかったのか……?

 なんだよ可愛い奴め……

 「じゃあ、三十分経ったら起こしてくれるか?」

 声をかけられたキャロルは寝転んだまま顔を上げ朝風と目が合った瞬間、耳まで顔を赤く染めた。

 朝風もまた赤い顔で目を逸らした。

 なぜなら二人の距離は大きく体が震えたらキスができてしまう程近いから。

 「わかったわよ! 起こしてあげる!」

 真っ赤な顔を隠すようにキャロルは朝風の胸にバッと顔を埋めた。

 当然だが朝風がこの状況二度寝するなどできるはずも無く、キャロルの温もりと柔らかさを感じながらじっと目を閉じていた。

 三十分後、朝風がずっと起きていた事など知らないキャロルは小声でとんでもないことを口走る。

 「アサカゼ……三十分経ったわよ。 起きないとキス……しちゃうわよ……?」

 さすがに朝風もこの発言には驚きを隠せずに目を見開くと視線の数センチ先に居た顔を赤く染めるキャロと目があった。

 「なな、なんでもないわ! 早く来ないと朝ごはんあげないんだから!」

 キャロルは朝風の上からガバッと勢いよく起き上がり部屋を走って出ていった。

 あのまま目を閉じていたら……どうなっていたんだろうな……

 頭の中でぐるぐるとその事ばかりを考えながら着替えを済ませた朝風は朝食を食べるためにキャロルを追った。


 朝食後、朝風はキャロルに連れられ米国の街へと出かけていた。

 日本のよりも背の高いモダンな建物ずらりと並ぶさまは初めて米国の街を見る朝風の目にもとても綺麗なものと映った。

 「ここがキャロの生まれた街なんだな……」

 それと同時に世界を変えることが出来なければ日本と戦うことになる大きな国。

 「そうよ、ここは私の大切な街なの。 もちろんアサカゼと過ごす日本も大切な街だけどね」

 日本とは大きく異なる景観の街並みでも、すれ違う街ゆく人々は日本と同じ活気に満ちた表情で各々の今日を生きていることがよく分かる。

 「とても綺麗で賑やかでいい街なんだってよくわかるよ」

 街を案内するために数歩先を歩いていたキャロルが歩みを止め、くるりと朝風に振り返ると長い金髪がひらりと宙を舞う。

 「アサカゼにもこの街を、米国を気に入って貰って大好きになってもらえたら嬉しいな」

 キャロルは秋の日差しよりも眩しく、綺麗な街並みよりも綺麗な笑顔で朝風を見つめる。

 「俺も、この街や米国がきっとすぐに大好きになる予感がしてたよ。 キャロの大事なこの街をもっと俺にも教えてくれないか?」

 大きく一歩を踏み出した朝風は照れた様子で隣に並んだキャロルに手を差し出した。

 「いいわよ、私の通ってた幼稚園から行きつけのお店まで全部連れてってあげる!」

 嬉しそうな笑顔のキャロルは朝風に差し出された手を握ると最初の目的地を決めたのか朝風の手を引いて歩き出す。

 「楽しみにしてるぜ」

 朝風もキャロルの手をぎゅっと握り返すと今度はキャロルの数歩後ろではなく隣を歩いてついて行った。


 夕方、日が暮れるまで米国の街を歩きキャロルのお気に入りの場所巡りをしていた二人は今日最後の場所に向かっていた。

 「今日最後の場所はここよ」

 キャロルに連れて行かれた場所はキャロルの屋敷にほど近い賑やかさも華やかさも無い寂れた浜辺だった。

 「キャロに似合わず随分と静かな場所なんだな?」

 もうすぐ辺りが完全に夜の闇に飲まれてしまうこの時間だからなのか余計に寂しい景色に見えてしまう。

 「うちの敷地だから誰も居ないのよ。 誰も居ないし誰も来ない」

 答えてくれるキャロルの表情や声色にも寂しさをどこか朝風は感じていた。

 「この海の向こうにはアサカゼのいる街があるから見える気がするの。 私の会いたい気持ちが届く気がするの。 だから、寂しくなったらここに来る……」

 朝からずっと繋いだままのキャロルの手に力が込められたのが伝わってきた。

 だから朝風は普段よりも明るくキャロルに話しかけた。

 「俺が毎晩キャロに会いに来てって言われる夢見てたのは、お前が念を送ってたからだったんだな」

 「ま、毎日じゃないわよ!」

 少し茶化すような言い方をされたキャロルは恥ずかしそうに朝風を睨みつける。

 本当にお前は可愛い奴なんだから……でも、会いたかったのは俺も同じだぞ……?

 「俺もキャロに会える気がして時々、用事もないのに港の方まで行ってたよ」

 「時々……? 私は毎日会いたかったのよ!?」

 今度は少し怒ったように睨みつけられて朝風は苦笑いしてしまう。

 「じゃあお詫びに今年からはずっと一緒に居てやるよ」

 朝風がそう答えた瞬間キャロルはぱぁっと笑顔になった。

 「まあ、アサカゼのお詫びなら仕方なく受け入れてあげなくも無いわ」

 仕方なくなんて言い方が如何にもキャロルっぽくて朝風もつられて笑ってしまうのだった。

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