第11話 夏の終わりにもう一度
——昭和十三年 八月下旬
明日、米国に向けて出発する朝風は実家の屋敷に戻り荷物の最終確認をしていた。
よし、必要なものは全部揃っているな。
眼前に迫る未来を変える第一歩に朝風は武者震いする。
必ず世界を変えてみせるから待ってろよキャロ……
朝風は夏の最後に、日本を発つ前にもう一度キャロルと行きたい場所を思い出しベネット家へと戻った。
ベネット家に着くと真っ直ぐキャロルの部屋に向かいドアを叩く。
「キャロいるか?」
声をかけるとすぐにドアが開きキャロルが現れる。
「早かったわね。 もう準備はいいの?」
「重大な見落としが見つかった。 今すぐ出かけられるか?」
キャロルは少し心配そうに朝風を見つめてすぐに頷く。
「あんた明日には出発するのよ? しっかりしなさいよ!」
そうだね。 必ずしっかりした男になるよ。 お前のために。
朝風はキャロルの手を取り外へと走り出す。
「ちょっと、あんたどれだけ重要なものを忘れてたのよ!」
急に手を引かれて走り出されたキャロルは驚いた様子を見せるが手を離すことはなく、ギュッと握り返した。
暫く走り着いたのは何度か遊びにきた浜辺。
朝風は手を繋いだままキャロルの正面に立ち真っ直ぐ見つめる。
「キャロ。 お前とこの夏の最後にここに来たかったんだ」
キャロルは少しの驚きと喜びが伝わって来る表情で朝風を見ていた。
「重大な見落としとか言うから心配しちゃって損したわ!」
そんなこと言ったって、お前が喜んでくれてることを俺が分からないと思ったか……?
「まだ全部を伝えられた訳じゃないけど、この場所は初めてお前に素直な気持ちを伝えることができた大切な場所なんだ」
「私の家に来る前日のことよね。 ちゃんと覚えてるわ。 中途半端な告白されたってね?」
キャロルはいつものようにニヤニヤとした笑顔をむけてくる。
「中途半端って言うな! 俺なりの覚悟の表れなんだぞ」
「そうですかー。 アサカゼさんはお真面目のようで」
「今に見てろよ! その時が来たらお前が恥ずかしくなっても止めてやんねえから」
朝風も対抗してニヤリと笑うとキャロルは少し視線を逸らし顔を赤く染めた。
「どんなに恥ずかしくても……止めちゃ嫌だからね……?」
予想外の強烈なカウンターに朝風も顔を赤くして視線を逸らした。
「本当にお前って奴は……」
可愛くて仕方ないなあもう……
朝風は顔を赤くしてニヤリと笑うキャロルの手を離して一歩詰め寄る。
「これも夏の思い出に追記しとくんだな」
赤く染まった顔で笑い返した朝風はキャロルをギュッと抱きしめた。
「言い方がなんか雑……二五点ね」
「なんだよ、嬉しい癖に。 じゃあ離してもいいか?」
本当は離してあげる気なんてないけどな。
「駄目よ……でも、突然のことに驚いて腰が抜けてるから仕方なくよ!」
キャロルはそう言いながらも朝風の背中に腕をまわした。
「明日からも楽しみだなキャロ!」
「でも二週間くらいは船の上よ?」
「……そういえばそうだったな」
少しがっかりした様子の朝風にキャロルは笑った。
「酔った……もう降りたい……なんて言うんじゃないわよ?」
「おうおう、馬鹿にすんなよ! 船も俺の家みたいなもんさ!」
これでも元船乗りだからな。 この時代で船に何日も乗るのは初めてだけどね。
「あんた船なんて乗ったことあったっけ……?」
おっと、口が滑るところだったな。 危ない危ない。
「そういえば無かったね……」
「はぁ……こんなお馬鹿な男に待たされる私って何なんだろうね……?」
「ちょ、それは酷くね!? それとこれは話が違うだろ!」
「アサカゼが悪いんだから!」
キャロルは背中にまわした腕に力を込めながら大きく笑った。
一瞬一秒でも早く世界を動かして……お前に気持ちを伝えてやるからな。
だからごめん。 もう少しだけ俺を待っててくれ。
「まぁ、そんなに待たせないから許してくれや」
「あんたが抱えてるものが何なのか私には分からないけど……でも、私に手伝えることがあったら何でも言うのよ?」
未来を変えるなんて大きな事は俺一人の力では絶対になし得ない。
たくさんの力を借りて……俺とお前と、みんなで未来掴み取ろうな。
「本当に優しいんだなキャロは……きっと米国ではお前の力が必要になる時が来る。 だからよろしくな」
「当たり前でしょ。 あんたを助けるのも自分の為なんだから。 笑顔のアサカゼ以外を見るのは私も嫌だから……」
「俺はキャロが隣にいてくれるだけでずっと笑っていられるよ。 だから一緒に頑張ろうこれからも!」
「アサカゼは本当に私のことが大好きよね! 出会った日からずっと!」
ああ、そうだよ。 一目見たあの瞬間からずっとずっとキャロのことが大好きだ。
「もうそんなに昔の話はやめろよ! 恥ずかしいだろ!」
「アサカゼからちゃんと気持ちを聞くまでは検討もしてあげないからね!」
「おい、それはちゃんと伝えても検討しかされてないじゃないか!」
「だって、これも私の大事な思い出だもん!」
そんなに嬉しそうに言われたらもう何も言えないじゃないか!
それに、俺にとっても大事な思い出だからな……
朝風はそれ以上何も言わずにキャロルを抱いたまま暫く見納めの浜辺を眺めるのだった。
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ここまで読んで下さった皆様ありがとうございます!
今回のお話で第1章 日本編が終了になります。
お話はまだまだ続きますのでこれからも応援よろしくお願いします!!
今作が初執筆の作品ですので至らない点が多数あったかと思います。
ご感想や気になった点がありましたら評価やコメントにてご教示いただけると嬉しいです!
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