第10話 花火より綺麗な
——昭和十三年 八月中旬
「アサカゼ! 今日は花火が上がるんでしょ!?」
笑顔のキャロルが昼食の際に前のめりになって聞いてくる。
「夜になって雨でも降らない限りは上がるだろうな。 今年も俺の部屋から見るのか?」
「アサカゼがそれでも良いなら……」
そんな上目遣いで可愛く頼まれたら断れる訳ねえだろ……
それに、キャロルと二人きりで見れた方が嬉しいに決まっている。
「じゃあ、食べ終わったら行くか? しばらく入ってないから部屋も少し掃除したほうが良いだろうし」
「決まりね! あとで部屋まで迎えに行くから着替えて待ってるのよ!」
キャロルは急いで食事を終わらせると笑顔で部屋に戻っていった。
食後、部屋で着替えていると乱暴なノックの音が響く。
「アサカゼ! 迎えにきたわよ!」
「すぐ着替え終わるからちょっと待ってて」
キャロルに急かされて急いで着替えを終わらせ部屋を出ると白いワンピース姿のキャロルが待っていた。
「今日は特別可愛いの着てきたんだな?」
「な、夏祭りだから夏っぽい服を選んだだけよ!」
そうかい。 まあ、本当の気持ちもなんとなくわかるから良いけどよ……
可愛いやつだな。 本当に。
「じゃあ、行くか」
二人は朝風の家に向かって歩き始めた。
「まだ一ヶ月くらいしか経ってないのに懐かしい感じするな」
朝風は見慣れた屋敷を前に感慨にふけっていた。
「ぼーっとしてないで入りましょ まずはお父さんにご挨拶かしら?」
キャロルは屋敷に入ると父の書斎に向かって歩き始める。
よく出来た幼馴染だこと。 まるで俺の方が客人みたいじゃないか……
「折角だし、キャロも父上に会っていくか? 会いたがってたみたいだし」
朝風はキャロルが頷くのを確認してからドアをノックする。
「父上、朝風です。 入ってもよろしいですか?」
「おお、帰ってきたのか! 入りたまえ」
並んで入ってくる二人を見て父は嬉しそうに笑う。
「おや、キャロルちゃんも今日は来てたのかい」
「お久しぶりです。 お邪魔してます」
「ところで、朝風よ……今日は初孫の報告に来たのか……?」
ロバート氏が似たようなこと言ってたなそんな冗談……
「まだ俺たちはそんな関係じゃ……なぁ、キャロ?」
「そ、そうですよ。 私がアサカゼと……なんて……」
顔を赤くして否定するキャロルが面白かったのか父は笑った。
「冗談だ。 まあ、いつか冗談じゃなくなると私の勘が言ってるがね」
「やめてくださいよ父上」
朝風は苦笑いを返すしかなかった。
「ところで、ベネット家での生活はどうだ? ロバートからは毎日楽しそうに三人で遊んでると聞いているが」
「毎日楽しく過ごしています。 時々文化の違いに驚くことはありますけどそれも含めて楽しいです」
「そうかそうか……ならば安心だ。 キャロルちゃん、息子をこれからもよろしく頼みます」
父に頭を下げられてキャロルも同じように頭を下げた。
「アサカゼに私もたくさん助けられていますから。 責任を持ってしばらくお預かりします」
「保護者代理かお前は!」
ついツッコんでしまい笑うとキャロルも父も笑った。
その後、久しぶりに自室に戻った朝風は部屋に入るとすぐに窓を開けた。
「散らかしてはなかったけど締め切られていると埃っぽいな少し……」
「アサカゼの部屋にこんなに来ない夏は初めてな気がするわ……」
確かに毎日のように来てたもんね。 今じゃ同じ家で、寝るだけだけれど同衾することもあるからな……
「まだ結構時間あるし、久々に昼寝でもするか?」
そう言って朝風がベッドに倒れ込むと、隣にごろんとキャロルも寝転ぶ。
「昼間から寝るなんてほんとはダメなことだけど。 たまには良いわよね?」
キャロルは大きく伸びをするとすぐに寝息を立て始めた。
「えっ、早っ! もう寝てるじゃん!」
目の前には無防備に寝息を立てるキャロル。 寝息と共に上下する柔らかそうな膨らみ……
昼寝に誘ったけどこれは寝れねえよ!
朝風は昼寝を諦めて時間までずっとキャロルを眺めるのだった。
花火の始まる数分前。
朝風はキャロルの体を揺すっていた。
「起きないと花火始まるぞ?」
「んっ……もうそんな時間……?」
キャロルはまだ少し寝ぼけているのかふらふらしている。
「しょうがねえ奴だな……もう」
朝風がキャロルの手を引いてバルコニーに出るとすぐにドンと大きな音がして空が輝く。
「間に合ってよかったな?」
「うん! ありがとアサカゼ!」
キャロルは笑顔で花火を見上げていた。
一方の朝風にはキャロルの笑顔が花火よりも眩しく輝いて見えた。
「アサカゼ? 見上げないと花火は見えないわよ……?」
キャロルは朝風がずっと自分を見ていたことには気づいていないのか不思議そうに言う。
誰だってより綺麗で、より魅力的なものが視界にあるならそっちを見るだろう……?
「綺麗だな。 綺麗で……とても魅力的……」
朝風は花火を見上げていった。 花火ではなく隣にいるキャロルに向けて。
「そうね。 とっても綺麗ね……」
一瞬吹いた強い風に体がふらつくとキャロルの手と朝風の手が触れる。
「もう、しょうがないんだから……」
キャロルは優しく朝風の手をとった。
朝風も優しく握り返すと、二人はじっと花火が上がらなくなるまで夜空を見上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます