第9話 風邪のときは

 ——昭和十三年 七月下旬

 ベネット家での生活が始まって半月以上が経ち生活に慣れ始めた頃。

 朝風は目が覚めてすぐに体の異変を感じていた。

 身体が重い…… 頭も痛い。 風邪をひいてしまったみたいだな……

 薬を誰かに頼む気力もなかった朝風は少しでも治ることを祈り二度寝した。

 二時間後。 朝風の部屋にコンコンと軽いノックの音が響く。

 「朝くん今日はお寝坊さんなのね? 入るわよ〜」

 「桜姉さんか……」

 桜の声で目覚めた朝風は少しぼーっとする頭に手を当てた。

 流石に少し寝た程度では治ってくれないか……

 桜はベッドに横たわる朝風の額に手を当てる。

 「朝くん、少し顔色が悪いわね。 それに熱もあるみたいだし」

 「どうやら風邪をひいてしまったみたいで……」

 「お薬もらってきてあげるから今日は大人しくしてるのよ?」

 そう言うと桜は早足で部屋の外へ駆けて行った。

 薬を届けてもらうまでもう少し寝ていよう……。

 

 「アサカゼ……大丈夫?」

 目を覚ますとベッドの横に置いた椅子に座るキャロルが心配そうにこちらを見ていた。

 キャロルのことだ、朝風が寝込んだと聞いてずっと側にいてくれたのだろう。

 「悪いな……他所のうちにお泊まりしてるってのに風邪引いちゃて……」

 「いいのよアサカゼ、仕方の無いことよ。 お薬の前にご飯は食べられそう……?」

 「そんなに食欲はないけど食べなきゃ治らないもんな……」

 「ちょっと待っててね?」

 キャロルは少し嬉しそうにしながら部屋を出ていった。

 桜姉さんに教わりながらお粥でも作ってくれるのかな……?

 小さい頃にビスケットを作るのに失敗して以来キャロルが料理した話は聞いた記憶のない朝風は苦笑いしていた。

 お粥なら失敗することもない……よな?

 「お待たせアサカゼ……ご飯作って来てあげたわよ」

 器をのせたお盆をもったキャロルが慎重に部屋に入ってくる。

 「キャロの手作りか?」

 「そうよ! アサカゼのために作って来てあげたんだから」

 キャロルは自慢げにお盆にのせた器を見せてくる。

 「あれ、お粥じゃなくてスープなんだな」

 「私たちの国では風邪の時はチキンスープなのよ。 それにスープなら私一人でも作れるから……」

 「頑張って作ったキャロの愛情入りなら風邪も瞬殺だろうな……」

 キャロルはスプーンでスープを掬い、フーフーと冷ましてくれる。

 食べさせてくれるんだ……風邪ひいてよかった気すらしてくる。

 「アサカゼ……あーん……?」

 うん、普通に鶏肉も野菜も柔らかくて美味しい。

 「美味しい、キャロの愛を感じた」

 「当たり前でしょ? あんたのために作ってあげたんだから!」

 キャロルは照れてくれたのか白い肌を赤く染めながらもう一杯掬ってくれる。

 「私にこんなに献身させたんだから早く治して沢山遊んでくれないと許してあげないんだから!」

 そうだね……早く治して沢山お返ししてあげなきゃだね。 頑張れ俺の免疫力……

 その後もキャロルは器が空になるまで食べさせてくれたのだった。


 食後に飲んだ薬の効果なのかしばらく眠っていた朝風は目を覚ます。

 隣にいるキャロルは椅子に座ったまま眠っていた。 アサカゼの手を握って。

 朝風の額に乗せられた濡れタオルもまだ冷たい。

 本当に、ありがとな。 キャロル……

 料理も家事も苦手なくせに俺のためにこんなに頑張ってくれて。

 朝風は感謝の気持ちを込めてキャロルの頭を優しく撫でた。

 「ん……寝ちゃってた……? アサカゼ……具合はどう……?」

 「キャロのおかげでかなり良くなってきたよ。 明日には治りそうかな」

 「それらなよかったわ。 さすが私っ!」

 「うんうん、ありがとな」

 もう一度頭を撫でてあげるとキャロルは恥ずかしそうに俯いた。

 「アサカゼ……身体……拭いてあげようか?」

 キャロルのことだ、お前も恥ずかしくなれとのつもりで言ってみたけど恥ずかしくなったな……?

 「じゃあ……頼む……」

 キャロルは壊れた機械人形のようなぎこちない動きでタオルを桶に汲んでいた水に浸して絞る。

 「脱いでもらえる……?」

 「あ、ああ……」

 キャロルの前で脱ぐという行為に朝風も緊張してしまい普段よりも時間をかけてシャツを脱いだ。

 「せ、背中向けて……?」

 朝風が背中を向けるとキャロルは濡れたタオルで優しく拭いた。

 風邪の熱と緊張で火照った身体に触れる冷たいタオルがすごく気持ちいい。

 「冷たいタオルで拭いてもらうなんて久しぶりだけど、すごく気持ちいいな……」

 「それならよかったわ……前、どうする……?」

 「お願い……しようかな……」

 恥ずかしい気持ちは大きいけれど頼まないと損な気がした朝風はキャロルの方を向いた。

 暫しそのまま二人は見つめ合った……

 「ふ、拭いてあげるわね……?」

 キャロルは腕、肩、胸の順で上から拭いてくれる。

 キャロルも熱があるんじゃないかと言うほどに顔が赤い。 朝風も同じだった。

 「アサカゼも男の子って感じの身体になったのね……大きくて逞しい……」

 「そんなに観察されたら恥ずかしいだろ……」

 「強くなって私を守ってくれるって小さい頃にいつも言ってたもんね」

 最後にお腹を拭いてくれたキャロルは恥ずかしそうに笑った。

 「少しは見直してくれたか?」

 「まだ全然、パパの方が強そうだもん!」

 朝風はもっと体も鍛えてキャロルの期待に応えようと思うのであった。

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