第6話 天然なお姉さん

 ——翌日

 今日からベネット邸で米国生活の練習が始まる朝風は荷物持ちを手伝ってくれる使用人と港の方へ向かっていた。

 しばらく歩き、見え始めた大豪邸の門の前では見慣れた長い金髪が風になびく。

 朝風は自分のことを待っていてくれるキャロルの元へ足を急がせた。

 「おはようキャロ。 今日からよろしく頼むな」

 「おはよアサカゼ。 パパが待ってるから早く行きましょ」

 くるりと背を向け歩き出したキャロルの後ろ姿はスッキップでも始めそうな程楽しげに見えた。

 キャロルとずっと一緒か……すごく楽しみになってきた。

 でも、これは遊びじゃなくて勉強だからな俺……

 朝風は浮かれすぎないように気をつけてみるが緩んだ頬が引き締まることはなかった。


 「パパー。 アサカゼ連れてきたわよ」

 キャロルに案内された部屋に入る朝風達。

 「ロバートさん、今日からお世話になります」

 慣れた動作で行儀良く頭を下げる朝風に畏まらなくて良いと言いたげにロバート氏は笑った。

 「よく来たね。 アサカゼ、それにサクラちゃんも」

 サクラちゃんとは荷物を持ってくれた使用人、本郷桜ほんごう さくらのことである。

 「ご無沙汰しております。 ロバート様」

 「娘ともよく遊んでくれた頃はこんな小さかったのによ……立派になったなあ……」

 歳が二つ上と近く、いつも優しかった桜姉さんを俺やキャロルはとても慕っていた。

 昔から変わらない長い黒髪を赤いリボンで束ねた姿にロバート氏もすぐに気付いたのだろう。

 てか、ロバート氏……? 視線どこ向けて言ってるの!?

 ロバート氏の視線は桜のキャロルよりも一回りは大きいであろう胸元へ向いていた。

 「パパ……? どこ見て立派って言ったのかしら……?」

 「そういえば、お前の父は昔から心配性だよな。 今朝になって留学にうちから使用人を連れて行けないかって連絡してくるなんてよ」

 ロバート氏は刺すように冷ややかな視線に耐えかねたのか咳払いをすると強引に話を変えた。

 朝風とキャロルはなにその話?と言いたげに首を傾げる。

 「ええっとね、私も留学について行くことになったの」

 ええっ!? そんなの初耳だぞ。

 「そんなに荷物預けたっけってずっと思ってたんだけどまさか……?」

 衝撃の情報と朝から感じていた違和感とがつながった気がした。

 「そうよ〜。 私もしばらくここで練習することになったの 二人は聞いてなかった……?」

 「パパ……? 聞いてないわよ。 せっかくアサカゼと……」

 よく聞き取れなかったけどなんかぶつぶつ言ってたよね……やべえ、可愛い。

 「二人きりにしてやると孫ができそうな気がしたんでな? アサカゼ」

 「できませんよ! てか、なんで俺に振るんですか!」

 ロバート親子の会話からこちらに飛んできた爆弾発言に朝風は慌てて反論する。

 「私もアサカゼとなんて……嫌よ……」

 「こらこら、キャロちゃん? 嘘はだめよ?」

 「嘘なんて……私は言わないわ」

 「本当は欲しいんでしょう? 朝くんの赤ちゃん」

 キャロルは顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。

 ロバート氏と桜姉さん裏で組んでない!? なにその会話の流れ!

 いや、組んでるだけならまだ良い。

 天然であれを言ってるんだから防げないんだよな……

 「でも、朝くんも悪いのよ? キャロちゃんの気持ちを知ってるのにな〜にもしないから」

 おいキャロ、頷きながらこっち見んな! てか俺昨日頑張ったじゃん!

 「桜姉さん、俺なりに気持ちはもう伝えたから。 見守っていてくれないか?」

 桜はそうなの? と言いたげにキャロルを見る。

 「まあ、ギリギリ及第点な言葉だったけどね」

 「そうなの! おめでとうキャロちゃん!」

 優しく微笑む桜に頭を撫でられるキャロルはとても嬉しそうに見えた。

 「昔のように三人で仲良くやれてるようで何よりだ。 俺は仕事があるんで失礼する」

 ロバート氏は微笑ましそうに三人を見ると扉の方に歩いていく。

 「そうだ、良いことを教えてやろう。 結婚挨拶はもう先日されてるからな」

 ガハハと大きく笑いながらロバート氏は退室した。

 「アサカゼ……? パパとなにを話したの……?」

 「別に大したことは……」

 『お嬢さんを俺にください!』

 『お前には娘はやらん!』

 『そこをなんとか!』

 『いいよ!』

 「ってお話をしたのよ〜 きっとね』

 雑すぎるモノマネやめろ! てか、娘はやらんからの納得早くね!?

 「たまたまそういう話になっただけだよ。 それに今の俺じゃ駄目とも言われたから」

 「ふーん、それで私を待たせることになったのね?」

 「ああ、そうだよ。 自分でも心当たりあることだったからな」

 「朝くんは真面目なのね〜」

 小さい頃から誠実な人や優しい人たちに囲まれて育ったからな。

 「中途半端なのが嫌いなだけだ」

 「私に中途半端な告白した癖に?」

 キャロルはからかうような視線を向けてくる。

 俺だって言えるなら全部伝えたかったよ!

 朝風はその後もしばらく二人から詰問を受けるのだった。

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