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 夫と共ににあちこちの貴族達に挨拶をし、話をしながらそれとなくブラッドリーの商品を勧め、といったことをしているとあっという間に時間はすぎる。


 夜も更けて来た頃、二人は再びボルドー卿夫妻と談笑していた。


「夫人はリーンから出てきたばかりならここまで大きなパーティーはもしかして初めてだろう? 疲れていないかい」

「えぇ、恥ずかしながら、少しだけ。でもブラッドリーの妻としてこのぐらいで音はあげられませんわ」

「妻の鏡だね。トーマス」


 だいぶこの場にも慣れてきたからだろうか。シンシアも今度はある程度打ち解けて夫妻と話すことができていた。


 リーンでの話や、新婚生活について色々聞かれる仲、ふとシンシアは気になっていたことを口にした。


「そういえばボルドー卿。主人とはどちらでお知り合いになられたのですか? お二人がご友人とお聞きしてから気になっておりまして」


 いくら国内随一とは言え、一介の商人と侯爵家の嫡男。住む世界が違う二人がトーマスに聞く限り軽口も言い合えるような仲なことをシンシアは不思議に持っていた。


「あぁ、確かに気になるよね。と言ってもそう面白い話でもないよ。トーマスとは大学の同期だったんだ。我が家は商売に明るかったからね。私自身その方向に興味が会ったんだ」

「ボルドー卿や私が入った大学は全寮制で学生は貴族であれ、寮生活だった。私達はそこで同部屋だったんだよ」


 ロベルトの答えにトーマスが付け足す。当時のことを思い出したのだろう。ロベルトが愉快そうに笑った。


「確かに貴族育ちの私にとっては大変だったが、愉快なことも多かったよ。トーマスを含め学友達でやんちゃなことも良くしたものだ」

「しょっちゅう教授達に怒られていましたね」

「そ、そうなのですか? 今のトーマス様からはあまり想像できませんわね」


 てっきりお澄ましした優等生タイプの学生を想像していたシンシアは首をかしげる。そんなシンシアにロベルトは苦笑する。


「確かに今のトーマスはそんな雰囲気じゃないからね。でもトーマスも昔は結構やんちゃだったんだよ。それこそあんなことがなければ」


 とそこでトーマスの視線を感じたロベルトは口をつぐむ


「どうかされたのですか?」


「いや、なんでもない。そうだ、それより二人共今日は一度も踊っていないじゃないか。せっかくだったら一曲ぐらい踊ってきたらどうだ? ちょうどシンプルなワルツだ」


 そういって広間の中央に目線を投げる。一方トーマスとシンシアは揃って顔を見合わせた。勿論教養として一通りのダンスの型は習っている二人だが、今日は、どころか実は一度も踊ったことがない。


 トーマスはあまりこういうのを好まないし、リーンではそういった機会が少なく、実践経験がないシンシアもダンスには苦手意識を持っていた。


「あまり、こういうのは好まないしな。シンシアも疲れているだろう」


 そう言ったトーマスだが、そんな彼にロベルトが近寄り一言二言耳打ちする。するとトーマスはなにやら考える素振りをし、そしてシンシアの腕を引いて中央の方へと歩きだした。


「あら、どうされたのですか旦那様?」


 突然の夫の行動に首をかしげるシンシア。とっさにボルドー侯爵夫妻の方を見ると、言っってらっしゃいとでも言うように微笑まれる。再度夫の方に視線を戻すと、トーマスはややきまり悪げに顔をそらす。


「いや、たまには踊るのも良いかと思って。それに夫が踊ってくれないなら私と、と声をかけようとしている者が結構いると言われて。シンシアは踊れるのだよな」


 言っていて恥ずかしくなったのだろう。トーマスは言葉を強引に切り、シンシアに問いかける。


「えぇ、得意とは言えませんが」

「私も上手とはとても言えない。まぁロベルトの言う通りシンプルなワルツだしどうにかなるだろう」


 そのまま中央にできた輪の端の方にスペースを確保した二人は一旦足を止める。


 そして前奏が聞こえてくると、ゆっくりと足を動かし始めた。


 経験が少ないとはいえシンシアはダンスが出来ないわけでもない。トーマスもとても上手い、というわけでもないようだがそのリードは基本に忠実で、シンシアにとっては踊りやすかった。音楽に乗り、ゆっくりとフロアを回っていく。どちらかというと頭脳派と思っていたが意外とガッシリとしたトーマスのホールドは力強く安定している。彼のリードに任せつつステップを踏んでいると少し頂いたお酒の影響もあってかシンシアは楽しい気分になってきた。


「旦那様と踊るのは初めてですが、とっても楽しいですわ。これならもっと早くに踊ればよかったですわね」

「そうか、喜んでもらえたなら幸いだ。だが私のリードでは心もとないのではないか?」


「私はリーンでもほとんど踊ったことがないですし、相手も兄や父ばかりですからわかりませんけど……トーマス様のリードはとっても踊りやすいですわよ」


 曲に合わせてクルリとターンが決まると、シンシアのドレスの裾が美しく翻る。


 シンシアの素直な賛辞に気恥ずかしくなりつつも、楽しそうな妻の顔を見るのは悪くない、と思うトーマスはそんな彼女の表情を見つつ、音楽に乗るのだった

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