第74話 現世へ

私は「時の加護者」アカネ。

「元の民」をあやつり、ヨミの純粋な心をもてあそび、そして人類の不幸を飴のようにしゃぶっていたリュウセイはこの異世界から消えた。


—王都フェルナンー


「ねぇ、帰っちゃうの。嫌だよ。こっちで暮らそうよ 」

「こら、ソックス。わがまま言っちゃだめだ 」


涙を鼻から垂らしながらソックスに言い聞かせるライン。


「大丈夫だよ。ライン、ソックス。私は時々遊びに来るから」


「えっ! ほんとうに! 絶対だよ! 」

「絶対って言ったら絶対だからね! 」


「うん。絶対にね 」


2人をこの手でギュッと抱きしめると別れの実感が湧いてきた。


私は、リュウセイという黒幕を倒した。それで、一応、現世での『杏美ちゃん』の命は狙われることはない。当初の目的は達成したのだ。しかし.... この数週間はあまりにも凝縮されたものだった。この世界がとても愛おしく感じてしまうのは、おばあちゃんやおじいちゃんの魂からだろうか。


ううん。違う。私はここでシエラに出会い、アコウ、ラヴィエ、シャーレ、クローズ、ライン、ソックス、カレン、ロッシ、そして各国の王たち、全てが私の大切な人となったのだ。


「アカネ!! 」


抱きついたのはラヴィエだった。


「相変わらず良い香りがするね、ラヴィエは 」


「また会いに来てね。私の友達 」


「うん。おいしい料理、アコウに用意させておいてね 」


「アハハハ。うん。果実もいっぱい用意しておく。そうだ。これ、アカネにあげる 」


差し出されたのはラヴィエと同じ香りがする匂い袋だ。


「ほぉ、匂い袋か。そういえば、前のアカネも匂い袋好きだったな。あ奴は、負い目があったのか、時々こちらの世界に来ても私の所へ来ることがなかった 」


耳を下げながら言うのは運命のケモ耳シャーレだった。


「おばあちゃん、時々戻ってきていたっていうの? 」


「ああ、あいつはきっとこの世界を懐かしんでビーシリーにある匂い袋を買いに来ていたのだろうな。来たらすぐわかる。その時だけこの世界の『3主の力』が充実するのだから 」


「おばあちゃんになっても来てたのかな?」


「アカネ、お前は知らないのだな。アカネはお前の世界ではばあさんでも、こちらの世界に戻れば力の充実した若い姿になるんだぞ 」


その言葉を聞いて、私はハッとした。私が幼い頃に起きた鉄パイプ事故。あの時、助けてくれたお姉ちゃんってもしかしたら!?


みんなが見送ってくれる中、私は空間を見つめ右目に力を―


「アカネ様!! 」


最後に背中へ抱き着いてきたのはシエラだった。


「シエラ 」

「アカネ様.... 」


「シエラ、この懐中時計を持っていて。そして私が留守中に悪いことをする奴がいないか見張ってほしいの。この世界は光鳥の力、生命の力が充実している。あなたが石像に戻ることもないと思うから 」


「うん。僕は友として茜を待ってるよ 」

「うん 」


私たちは強く抱きしめあった。


[ ハリュフレシオ ]


「わわっ」


悪戯でとなえた詠唱でラインの指先に火がでた。


「ふふふ。異世界だもの。少しくらいの魔法もありだよね、シエラ 」


「まっ、そうですね 」


新しいことは拒むことはない。それらを使う人々がよく考え、やがてできたルールや秩序をしっかりと見つめて行けばいいのだ。


私はみんなに見送られると右目に力を込めた。


白色の光の向こうにエスカレーターから降りてくる杏美ちゃんの姿が見えた。


1歩、前に足を進めると、Blu-rayDVDの再生ボタンを押したように、全てのものが動き始めた。


—初大駅 エスカレーターホール—


杏美ちゃんがびっくりした顔で私を見ている。


「ちょっと、茜。なんで? いつの間に?? さっきまでそこにいたよね、てか、なんでそんなボロボロの服着ているの?? 」


「あっ! 制服とカバン忘れた!? 」


「ちょっと何言ってるのよ! でも何でなの? 不思議すぎ— 」


『時の歪』の意味が今わかった。時間は一定の密度で流れているのではない。それはウネリを伴っている。今はたまたま異世界が凝縮された進み方だったのだろう。そのため、異世界の数週間が、ここではほんの数十秒だった。『時の狭間』はそれほど強大な力が捻じれ溜まる危険な力場なのだ。


その後、しばらくは杏美ちゃんの質問攻めにあった。


「ところでさ、杏美ちゃん、今から喫茶店『真天珈』に行って、バイトを申し込んでこようよ! 私、一緒について行ってあげるから! きっとアコウ、いや、お目当てさんは、素晴らしい人だよ 」


「え? 今から? 」


「そ、今すぐだよ! 時は急げだよ! 」


「それって、善は急げでしょ!? 」


杏美ちゃんはクスクスと笑っていた。


この友達とのこの時、この瞬間が、輝きの中に存在するかけがえのないものだと、今は素直に思える。


そして気が付けば、私から自然な笑顔がこぼれていた。

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