第5章 芽に水を与える arroser les bourgeons

第72話 最後の問いかけ

その砂漠は異様だった。『シュの山』で獄鳥の血により灼熱の風が砂漠を進行させたカイト女王国とはまったく異なっていた。


砂漠と牧草地がまるで隔てられたように広がっていた。牧草地は砂漠化している兆候がない。砂と土は、カップアイスのバニラとチョコのように鮮明に分かれている。


「これは自然の姿ではないね」


「はい、ここはトバリ様の『審判の瞳』によって何にも干渉されない場所になってしまっています。太陽にも水にも風にも影響されず、ただ砂しか残っていない場所なのです」


「そうなんだ..」


トバリの心がどれほど虚しさと絶望に包まれていたか、その砂を手に取っても感じることはできなかった。


ただの砂だった。


「ねぇ、シエラ。あの晩、私、シエラに言ってなかったよね。私もシエラのことが好きだよ」


「知ってますよ」


シエラは嬉しそうに笑って答えた。


「今日、これから起きること。私を信じてね。何が起ころうと大丈夫だから。シエラには私が帰ってきたとき、そこにいてほしいの」


「 ..仕方がないなぁ.. 今回だけですよ」


「うん、今回だけね。ありがとう」


「どうやら、あの野郎、わざわざ会話が終わるのを待っていたようですね」


「うん、そうだね。わかってたよ。じゃ、行ってく―」


・・・・・・

・・


招かれた異次元には、リュウセイしかいなかった。


「わざわざ、来てくれるとは手間が省けた。いったいどういうつもりだ、アカネさま?」


「ううん。どういうつもりもないよ。ただ、あなたに問いたいの.. もうやめて静かに暮らしてほしい。それはできないの?」


「 ..静かに? この素晴らしい力をもって静かに暮らすって? それならば何のためにこの力を使えばいい?」


「わからないけど.. でも、普通の暮らしの中でも楽しいことや頑張ろうと思えることはあると思うの」


「アカネさまは若いなぁ。私は、もうすぐ40歳になる中年だ。元の世界では中間管理職ってやつだ。上にも下にも勝手なこと言われて、住宅ローンの為に遮二無二仕事すれば家族がまた勝手なこと言いやがる。そう。お前みたいな娘がな!」


「私はあなたの娘じゃないわ」


「そんなことは知っている!お前も自分の父親に勝手な事を押し付けてるだろうってことだ。トイレやお風呂の入り方にいちいち文句言うくせに、何か頼む時だけご機嫌とりしやがる。私の衣服と一緒に洗濯するのは嫌だと!ふざけるな」


「 ..」


「まぁ、いいさ。ある日、帰宅中のバスでうたた寝をしていて、目覚めたらこの異世界に来ていたってわけだ。夢か?それならそれでもいいと思ったね。私は心弾ませて旅をしてレスマ村に到着した。このレスマ村はなぜか私の故郷に似ていたよ。現世を嫌っていたくせに笑っちゃうよな。だけどなぜか落ち着くんだ」


「 ..」


「『そうね』とか『わかるわ』とか、人の話に相槌のひとつも打てないのか?」


「何を期待しているの?わかった。『リュウセイ、あなたの故郷は何処?』」


「 ..ふん。そこで暮らしたのは2年ほどだった。みんな親切だったよ。だが私の心からふつふつわいてくる感情があった。『退屈』だ。なぜなら、私の心に語り掛ける男が私に不思議な力などを与えるからだ。そいつのせいで私はこの力を使いたくなったんだ」


このリュウセイはもともと他責思考が強い男なのだと私は理解した。魂に悪が宿っているのではない。この男自身が闇を抱えているのだ。


「だからもう一度、旅に出ることにした。今度はポジティブ思考にね。居場所を求めるんじゃない。自分が好きな異世界を創ればいいんだってね。過去との決別にレスマ村を海の底に沈めてやったよ。クククク..なぜか胸がスッとしたね」


もう聞く価値もない話にリュウセイは酔いしれている。手を私にかざすと、指折り数え始めた。


「ケモ耳の少女、エルフの美少女、やさしい女神様もありだな。異世界と言ったらハーレムだろ。だが、あいつらせっかく創っても敵意しか見せないんだ。エルフに至ってはわめき散らすだけだったからすぐに消し炭にしてやった。逆に猛獣は傑作だったな。あいつらが人間を襲う場面は面白くて笑い転げたね。まさにこれだって感じだった」


「もういい。もう聞きたくない」


「きひひ、嫌だね。退屈を解消する方法は、人の不幸を見るのが一番だ。まさに蜜の味だ。だから『時の加護者』を馬鹿みたいに崇拝するヨミは最高に楽しませてくれたよ。世界の安定を求めて他人を不幸にしていく。あいつは最高に滑稽だったよ。クククク..おや、どうしたアカネ様、涙なんか浮かべて。俺に同情したか?」


「どうやら相当ねじ曲がったようね。あなたはどうしようもないくらい自分勝手なんだわ」


「自分勝手? 自分勝手だと!? ふざけるなーっ!」


その叫び声は異空間全てが震えるくらいの叫びだった。


「私はなぁ! 私も利用されているんだ! 魂にいる魔法使いに! 茜、お前に仕返しをするというつまらない理由でだ! 勝手にこの世界に召喚しておいて、誰にも文句など言わせるものか! クソな世界で静かに暮らせだと! 冗談じゃない! お前を消した後も私はこの世界をおもちゃにして遊ぶのだ。 邪魔はさせない。そうだ、ヒヒヒ.. 今度はあのケモ耳のシャーレをヨミの後釜にしてやる」


「ねぇ、リュウセイ、もう一度聞く。おとなしく暮らす気はない?」


「な・い・ねぇ..」


「そ。あなたに一つ教えてあげるわ。南極タイサントのサイフォージュの森に精霊ドライアドが出現したわよ。あなたの大好きな妖精よ」


「おおーっ! やった! 俺の嫁さんにしてやるぞ。 興奮してきた!!」


リュウセイは手をポケットに突っ込むと何かを始めた。


「醜悪な男ね」


「なんだと! 聞こえてるぞ! まぁ、いい.. お前をボロ雑巾のように蹴り殺してやる。私は知ってるぞ。私を窮地に追い込んだあいつは秩序のトパーズだ。だが、あいつは単独では異世界を移動できない。つまりお前を助けに来てくれる奴は誰もいないのだよ」


「そうね。そんなこと私も承知してる。だから私があなたを終わりのない退屈から解放してあげるわ」


『ザイゲル..バシティアラーズ』


異世界中にリュウセイの魔法の詠唱が響き渡る..

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