第66話 ハシルの光
私は「時の加護者」アカネ。
私たちは「元の民」の首領ヨミの襲来をはねのけた。しかし、世界の暗転と共にリュウセイという謎の男が現れるとヨミを連れて逃げ去ってしまう。リュウセイの正体についてシエラが何かを知っているようだった。
—レンパス村 宿舎の丘—
首領ヨミの逆鱗に触れてしまったカレン。ヨミの手が迫ろうとしたとき護衛のロッシがその身代わりとなった。敵がいなくなり私とシエラは2人に駆け寄った。
「なんでこんな事に.. 」
「いいのです。私は私の責務を果たしただけですから。カレン様が無事でよかった.. 」
「でも! でも!! 」
そう言いながらカレンは涙が止まらない。カレンの背中を皺だらけの手が優しくさすっていた。
「何てことなの.. 」
私はカレンに何て声をかければいいのだろうか。
私のせいで.. 私が彼女とロッシを巻き込んでしまった。涙を流す事さえも申し訳ない気持ちだった。
だが、そんな私の気持ちをロッシは汲み取ったのだろう。
「アカネ様、きっとアカネ様はそのためにいらっしゃるのです。だから理不尽な悲しみをひとつでも無くなるような世にしてください」
「ロッシ..」
「年老いた私はおそらくここまでです。もう長くはない。でも私は愛する人を守り、人生の最後までその人を熱烈に愛しながら逝くことができる。それでいいのです」
ロッシの想いは伝わった。でも、とてもこれ以上言葉を発することができなかった..
「わかったよ、ロッシ。君は素晴らしい男だ。いや素晴らしい人間だ。アカネ様と僕は必ず今ある悪を絶ち、カレンが幸せに暮らせる世にするから安心してくれ。そしてその一歩を君は見るんだ」
もはや、力なく年老いてしまったロッシはラインに乗る事すらできない。シエラはロッシを背負い、約束を見てもらうために、光鳥の巣をふさいだ巨岩へ近づいていく。
私たちが通る道を永久蝶(とこしえちょう)が飛び立つとその光の軌跡が道となっていく。
静かにロッシを降ろすと傍らにカレンが寄り添う。
「シエラの言った通りに私は誓う。ロッシ、あなたに誓うわ。だから見ていてね」
私はシエラの真横に脚に気合を入れて立った。
「アカネ様、ひとつだけ助言させてください。岩を蹴るのではなく岩を作る素を蹴し飛ばす。そういうつもりでいてください」
「わかったわ」
アリアの感謝祭の時、太鼓にあわせて舞った。その舞いを自然と思い出す。手を付き、脚を回転させ速度を上げていく。その回転はやがて大きな音をたて、そしてその音さえもしなくなるほど速くなり、私とシエラは限りなく時の向こうに近づいていった。
その2つの閃光が寸分たがわず巨岩に触れた。
ブンッと一瞬世界が揺れる。
岩は砂にもなれず細かい粉となって舞い上がる。
そして渾身のもうひと蹴りをするとバンッという衝撃波に岩の粉は全て消し飛び、白い霞の中、巨大な光鳥の巣が現れた。
巣の中には何かを守るように巨大な鳥が羽を広げた姿で骨となっていた。その陰に化石と成り果てた3つの卵があった。
「ごめんね。私は知らないこととはいえ、蹴り飛ばした岩があなた達に不幸をもたらしていたなんて」
光鳥たちはもういない.. 光鳥をこんな姿にしたのは私(先代アカネ)だ。ロッシを巻き込んだのも私、もう王国カイトも救うことができない..
「私.. いったい何をしていたんだろう.. 」
力が抜け、さっきまで出なかった涙がとめどなく流れ、大地にこぼれた。
するとそこからひとつ、ふたつと芽が出てきた。
その現象はあたり一面に伝播するように広がり、それに反応して永久蝶が一斉に飛び立った。
飛び立つ光が辺りを照らすと芽は瞬く間に若木と成長する。
「こ、この香りは!!? 」
「これはサイフォージュの樹です!! アカネ様!! 」
サイフォージュの樹はわずかに光っているようだ。私たちを照らす光がやがてひとつにまとまるとヒトの形となった。
『アカネ、そんなに悲しまないで』
「え!? あなたは? 」
『わたしは光鳥ハシルです。わたしは3人の加護者よりもはるか昔から存在するものです。岩に閉じ込められてもわたしは永久蝶に宿り世界を見てきました。そしてこの時を待っていました』
光はまぶしいがとてもやさしく温かかった。聞こえてくる声は耳ではなく心の中に入ってきた。
『わたしの光は今、3つの卵に引き継がれるのです。そしてひとつを王国カイトへ、もうひとつを王国フェルナンへ持ってお行きなさい。わたしはこの森を守る者へと変わります』
光のヒトは輝きを増し光の柱となる。柱が3つに枝分かれすると、3つの卵の中へ入っていった。石化した表面がボロボロと剥がれ落ちると卵が優しく強い光を放った。
『さぁ、ひとつが生まれますよ。わたしの可愛い子が』
耳元で誰かがささやいた!驚いて振り向くと、そこには長い髪を三つ編みにして光のような長い布で作られたドレスを着たギリシャ神話やゲームで見かける精霊ドライアドのような女性がいた。
「あ、あなたは!? 」
『はじめまして、アカネ。私はあなたの心にある『森を守る者』を模倣してつくりあげた光鳥ハシルの成り果てです。私の名はドライ..アドというのですか? 』
「え? 私の心から」
『はい、そうですよ。 それよりももうすぐ私の子が生まれますよ』
ひとつの卵にヒビが入ると天に向かって光の柱が立った。やがて光は大きな範囲で地を走った。サイフォージュの樹に生命の息吹が注ぎこまれると、森全体がエメラルドの光とミントの香りであふれかえった。
「ア、 アカネ様!! ロッシが! 」
カレンの声にロッシを見ると、90歳を超えたようなロッシの髪、手、顔がはじけるほど若々しい姿へ戻っていく。
『私の子が地上に出してくれた礼をしたようです。ほら、あんなに嬉しそうに羽ばたいています』
カレンとロッシはその優しい光に包まれながらお互いを確かめ合うように抱きしめあった。
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