第60話 はじめまして、

私は「時の加護者」アカネ。南極タイサントのレンパス村へ向けて出港したカレン調査船はベルの港町へ立ち寄った。そこで絡んできた男たちをばったばたと倒すロッシ。その強さはシエラが掛け値なしに褒めるくらいだから本物だ。


—ベルの港町—


食料の補給が終わると、再び船はレンパス村へ向けて出発した。


港町には、なんと私がこの異世界に来た時に大絶賛していたパンを焼く店があった。当然、私はそれを大量に購入して船に乗り込んだ。


頬がとろけるとはこの事。焼きたてのパンを食べる私の様子を見てシエラが目を細めていた。


「 ..何? シエラも食べなよ。おいしいよ? 」


「アカネ様が幸せそうな顔をしているの久々に見た気がします。 じゃ、僕もいただきまぁす」


私はそんな風に穏やかな顔をしたシエラを見たのが久しぶりだった。そっか.. こんな風に友達と何気ない事に微笑みあえるって幸せな事なんだな。


『食べられるときに食べておけ』がこのカレン調査船の鉄則らしいので、腹が膨れるほどパンを食べるとまずは一眠り..


・・

・・・・・・


「コラ! 密航者だな! 出て来いっ!! 」


船員の大きな怒鳴り声に美男子ハーレムの夢が粉々に砕ける。


「ちょっと! 何? どうしたの? 」


「いや、何かコトコトと樽の陰で音がしまして、最初はネズミかと思ったんですが、そこから果物に伸ばす手が見えましてね。 こら! 出て来い。 引きずりだされたいか? 」


『ごめん、わたしのせいだ。どうしよう、お兄ちゃん』


『まいったなぁ.. 』


樽の陰からコソコソ話するのは子供の声だ。


「こらっ! お前ら! 」


船員はさらに怒鳴り声をあげた。


「ちょっと待って。私に任せてくれない? 」


「はぁ.. 」


「はじめまして、私はアカネ。君たち、名前は?」


『『 ..』』


「あのね、こっちに凄くおいしいパンがあるんだよ。一緒に食べない? 」


『 ..どうしようか? 』


『ん~.. 』


「おい、お前ら、もう出てきな。僕が説明してあげるから」


そう言うのはシエラだった。


ソロソロと樽の隙間をぬって出て来たのは2人の兄妹だった。それも見覚えのある顔だ。


そう、ビーシリーの町で私に手を振った女の子。そういえば、アリアの町でラヴィエと雪だるまを作っていたのもこの子達だった。


出て来ると女の子は私の脚に抱き着き、男の子は私の手で顔を隠すしぐさをしていた。


「ねぇ、君たち。まずは船員さんに謝ろうね。お姉ちゃんも一緒に謝ってあげるから」


『..ごめんなさい』


『ごめん..なさい』


「ごめんなさい。 船員さん、この子達は私が見ておくから手荒な事しないであげて」


「まぁ、アカネ様がそういうならよろしいですけど、子供にはきつい船旅ですよ」


『ぼくらは大丈夫だい』


『そうだ、そうだ』


「こら、大人しくしなさい」


まるで母親と子供のようだ。船員さんは呆れた様子で自分の持ち場へ戻っていった。


「ところで、君たちよく見る顔だ。もしかしてだけど、私たちを追いかけてるの?」


『 ..』


「アカネ様、こいつらはアカネ様がよく知っている奴らですよ。この男の子の前髪の色、そしてこの暑い中、女の子は白い手袋してるでしょ。思い当たることないですか?」


シエラはいたずらっぽく『ニヘヘ笑い』をしている。男の子はそんなシエラに対してほっぺたを膨らまして怒っているようだ。


「 ..あっ! 前髪の一部が白いのと白い手袋! もしかして、ラインとソックスなの?」


『お姉ちゃん』と言いながらソックスは再び脚にしがみつく。


「それなら最初から一緒に行動したらいいのに」


「ダメですよ。アカネ様。シュー族って誇り高いって前に話しましたよね。こいつらにとって人間の姿になるっていうのは、ある意味恥ずかしいことでもあるんです。これは特別なことなんですよ」


「特別?」


「そうです。加護者の旅に同行するものに稀に起きます。同行者には恩恵が与えられるのは知っていると思いますが、時々、馬とかにもこういう事が起きます」


『馬なんかと一緒にするなよ!』ラインがプンプン怒った。


「ほら、ね。こういうところがシュー族でしょ?」


「ははは。ほんとだ」


私はしゃがんでラインとソックスと目線を同じにして言った。


「ライン、ソックス、はじめまして。私はすごくうれしいんだ。だって2人と会話することができるじゃない。だから、一緒にいてくれないかな?」


そういうとラインとソックスは私に抱き着いた。

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