第36話 耳かきほどの勇気

私は「時の加護者」アカネ。

「時の空間」の圧縮時間のおかげで四死病は2分足らずで死滅してくれた。しかしヴィエラ、アコウ、料理長タニシの3人は王殺しの罪で即日の処刑が決定してしまった。この処刑の決定にフェルナン国王、執事長とも想いが揺れ動く。


—フェルナン王宮 特別休養部屋—


翌日、ギプス国王スタンと給仕たちの容態は劇的に回復した。フェルナン国ジイン王はギプス国スタン王に今回の失態を謝罪すると、逆賊者として娘のラヴィエ、アコウ、アリア料理人タニシの処刑を本日中に執行することを告げた。これは国王としてケジメであると同時に、ギプス国に対して信用の修繕を請うものであった。スタン王は、その意味を理解すると、ジイン王の肩に乗せた手にグっと力を込めた。


—フェルナン王宮 処刑場—


夕刻の頃、王宮の闘技場にて公開処刑がり行われた。私とシエラは観衆に混じって闘技場に入っていく。観衆の中からは『逆賊者に死を!! 』『殺せ! 』などと面白半分に叫ぶ者がいたのは正直ショックだった。どの世界にも、いつの時代にも、人の痛みに楽しみを見出そうとする人間がいる事が悲しかった。


『これより国家の信用をおとしめ、友好国であるギプス国のスタン王、その給仕たちまでも毒殺しようと企てた逆賊者の処刑を執り行う! ラヴィエ、アコウ、タニシの死刑囚をここへ入れろ! 』


処刑人が高々と開始の口上を終えると、ラヴィエ、アコウ、タニシが汚ないボロを着せられ闘技場に入れられた。


『これからここに猛獣トリュテスクローを放つ。猛獣はこの逆賊者の四肢を引きちぎり内臓をついばむだろう。しかし我が国王ジイン様は大変に慈悲深い。もしもこの猛獣に打ち勝つ者がいたのなら罪を減刑するだろう。どうだ、大人しく猛獣のエサとなるか? それとも誰か剣を持って闘うか? 』


『お、俺が闘う。王女様をこんな化け物のエサになどさせない! 』


観衆が声を上げ、足を鳴らす。


「おお、ここにアコウが名乗りを上げたぞ。さてさて、どんな断末魔を聞かせてくれるかな」


慈悲など嘘だ..鎖でつながれている猛獣は3m以上もある熊のような巨体、アリクイのような大きく固い爪、猛禽類のクチバシを持つ化け物だ。あんな獣になど勝てないのを知って『減刑』などと言っているのだ。


「なんで、こんな残酷なことするの。もう許せない! シエラ、暴れちゃうよ! 」


「はい。アカネ様の思うままに! 」


「お待ち!! もう少し待つんだよ」


後ろを振り返ると、私たちの世話をしてくれた乳母がいた。


「ごめん。ばあやさん、これから私たちラヴィエ達を助けに行くから、この闘技場から逃げたほうがいいよ。きっとすごい騒ぎになっちゃうから」


「だから言っているんだ。そんなことしなくても、もう運命は決まってるんだよ」


「何言ってるの、ばあやさん!? 今なら助け出すことができるわ」


「 ..やれやれ」


溜息を着くと乳母はシエラに視線をむけて言った。


「シエラ、あんたもまだ本調子じゃないんだね。私の魂を感じ取れないなんてね。まぁ、私の依り代が年寄りになって弱っちくなったせいもあるだろうけどさ」


「あれっ? ああー! シャーレ様!! 」


「やっと気が付いたか、シエラよ」


「まったく驚きです! アカネ様、この方が『運命の加護者』シャーレ様です。しかし.. そのお姿は? なんで老体なのです? 」


「仕方がないだろ。トバリに続きアカネまでいなくなれば、私の力も弱くなるってものさ! 依り代を見つけ出す力もなくなってしまったのさ..  そんな事よりもはじまるよ」


闘技場ではアコウにボロボロの剣が渡され、ラヴィエとタニシは闘技場の隅でじっと身構えていた。


「ラヴィエさん、ついでにタニシさん、俺が助けるから。絶対に助ける」


アコウはそう言うと剣を構えた。そして今、猛獣トリュテスクローが放たれた。


猛獣は突進すると同時にその大きなカギ爪を思い切り振った。だがアコウにもヒュー族のラインとソックスに鍛えられたスピードがある。攻撃をかわすと即座に回り込み、背中に斬撃を与える。


ガギン! と固い音がする。猛獣の背中は固い防御鱗(ぼうぎょりん)に守られていた。驚く


驚くアコウの隙をついてもう一撃振るった猛獣のカギ爪が耳をかすめた。猛獣の体が低くなったところにアコウの剣がその目を狙う。剣先が右目を切りつけたが、ボロボロの剣は砂を掻くように重たい。最初から剣などでは傷ひとつ付けられないような化け物なのだ。


頭の良い猛獣は縦横無尽でアコウを翻弄すると、アコウの顔に自分の顔を近づける。その鳥のような目が、一瞬笑ったようだった。気味の悪さにアコウの体がこわばる。猛獣はそのアコウの恐怖を楽しんでいるのだ。


アコウは剣を振り抜くが、恐怖で強張った太刀筋では軽々とかわされた。カギ爪がアコウの太ももに深く突き刺さるアコウはあまりの痛みに叫び声をあげた。と同時に自慢のスピードが奪われてしまった。さらに大腿部の傷によって剣に力が入らない。次第にアコウの剣先がガタガタと震えていくのがわかる。アコウは恐怖に飲まれているのだ。


「ねぇ、もう駄目だよ。行って助けなきゃ! 」


「待ちなさい、アカネ.. 大丈夫だから、堪えて。お願いだから私を信じて! 」


そう言いながらシャーレは私の手を握る。


[ シャッ シャッ シャッ シャー! ]


と嬉しそうな雄たけびをあげる猛獣トリュテスクロー。いたぶり遊ぶ攻撃にアコウの腕、肩は傷つけられ、次第に闘技場の隅へと追い詰められていく。


「あわわわ.. 嫌だ.. 近づくな...殺されちまう.. バラバラにされちまう.. 」


アコウは恐怖に失禁してしまった。


後ろで震えながらも気丈にラヴィエが言った。


『アコウ、ありがとうございます。私、最後まで私たちを守ろうとした貴方を誇りに思います』


その言葉にアコウは震える足に気合を入れた。その耳かきほどしか残っていない勇気で..いや.. まだそれでも勇気が残っていた。


(あぁ ..母さん、貴方の勇気が今、わかりました。あなたは蹴られても俺を守ろうとしていた..)


「お、おまえなんかに負けてたまるかぁ! 」


カギ爪の攻撃を刀で受けとめたアコウは右によろけた、その空いた左腹に猛獣の右のカギ爪が突き刺さり、爪はそのままアコウの腹を裂いた。アコウは自分の血の海にうつぶせに倒れた。


容赦ない猛獣はその自慢の大きなクチバシをアコウの背中に思いきりたたきつける。アコウの身体は地面にはじけると仰向けに転がった。


「お、おれが.. たす..たすけ.... るから ..パッ..シュ.. 」


ラヴィエがアコウに駆け寄る。そして震える手で落ちている剣を握ると猛獣に向けた。


「ち、近づくな。お前なんかにこれ以上..アコウを傷つけさせるものか! ..近づいたらこの剣で切りつけるんだから! 」


(もうシャーレとシエラが止めようが、もう絶対行く! 行ってあの猛獣をバッラバラに解体してやる! )


そう思った時、空から光るものが落ちてきたのが目に入った。


銀色に輝く一本の剣だった。


それはアコウの胸にサクリと突き刺さると、まるで重低音ウーハースピーカーのごとく地面を鳴動させた。


「さぁ、始まるよ。第二幕だ」


シャーレは笑みを浮かべた。

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