第5話 白い世界

 私は一ノ瀬茜。

 大好きな親友の杏美ちゃんに、学校の制服のまま初大駅のオペラタワー53階にある喫茶店「真天珈」に突き合わされた。そこでおいしいケーキセットをゴチになったのだけど..


—オペラタワー 喫茶店 真天珈—


 「あっ、来た」


 ひとりのウエイターがエプロンを直しながら近づいてきた。杏美ちゃんは言葉を飲み込んでモジモジしながら、前髪と制服のわずかなシワを直していた。


 (はは~ん。なるほど.. そういうことか)


 「お飲み物のお代わりはいかがでしょうか? 」


 年齢は19歳くらいだろう。たぶん大学生。マッシュヘアーのかわいい感じのお兄さんだ。


 「えっと、じゃあ、お願いいたしますわ」


 杏美ちゃんの返事の後に「私も」と言いつつ、早くツッコミを入れたくてしかたがなかった。店員さんが去ったと同時にブハッと止めていた息を吐きだす杏美ちゃんは、同時に顔を真っ赤にしながら


 「わかってる! ..今、変だったよね、言葉!」


 そう言われるとこっちは「うん。変だった」と応えざるを得ない。


 「もう! 」


 訳もなく笑いがこみあげて来る。でも、ここはシャイゼじゃないしポッテリアでもない。笑いを、堪え忍んだ。だけどそれがまたおかしくて、我慢しきれずに吹き出してしまった。


 その恋する瞳を見ていると俄然応援したくもなるけど、毎回、下校時にここに連れて来られてはたまらない。


 「ねぇ、杏美ちゃん。いっそのことここでバイト始めちゃえば? 」


 「え~? でもなぁ.. う~ん.. 」


 「考えても始まらないよ。『風がある時飛べ! 』って昔のフライ何とか兄弟っていう人が言っていたらしいよ」


 「フライ兄弟? 」


 「飛行機初めて乗った兄弟いるでしょ!? 」


 「あははは、それライト兄弟でしょ。それにそんな言葉あったっけ? 」


 失敗した。彼女は博識で頭がよかったのだ..


 「とにかくバイト情報を調べてみたら? 」


 「そうだね。ありがとう」


 『喫茶店 真天珈(まてんか)』がある53階からエレベーターで1階ロビーまで降りる。時間は17時になろうとしていた。


 そして、地下1階初大駅への下りエスカレーターに足をかけた時。


 —バシン!!


 エスカレーターホールに響き渡る大きな音。


 渾身の力を込めてその腕をぶっ叩いた。痺れた手がジーンとする。


 だけど! 絶対に許さない!!


 その「白い手」は私の大切な「杏美ちゃん」をエスカレーターから突き落とそうとしていたのだ。


 と同時に鼻の奥にミントのようなスース―する感覚を覚えた。なぜか太陽の揺らめきが止まった気がした。ビルのモニュメントも動きを止め、BGMも聞こえなくなった。


 「なに? いったいどうしたの? ..杏美ちゃん! ねぇっ! 杏美ちゃん!」


 私に振り向こうとしている彼女の長い髪がサラリと風になびき、制服のスカーフが揺れている。手に持つカバンは少し斜めになりスカートがたなびいている。


 だが、Blu-rayの静止画のようにピタリと止まっているのだ。


 「ちょっと、なによ、これ!? ねぇ! 杏美ちゃん! 」


 『おい、おい.. これは驚いたな。入り込んだ奴がいるぞ』


 その声が聞こえた瞬間に吹き抜けから見える空もビルもお店も歩くサラリーマン、そして杏美ちゃんも私も全てが白く変化し、まるで誰かがキャンバスに描いた線画のようになった。


 向かいにいる全く動かない真っ白なサラリーマンの陰からにゅっと現れたのは、白い絹のズボンに、白い長袖シャツを着た男性だった。


 「だ、誰? 何? 」


 『頭の中、疑問だらけのようだな。だが、それはこっちもだ? お前、誰だ? 』


 『ガゼよ、こいつではないのか? あの御方がおっしゃっていた俺たちを見ている奴がいるって』


 この2人、まずい!やばい気配がする。状況はわからないままだったが、この2人が味方ではないのはすぐにわかった。なぜなら、私が力の限り叩いた白い手は、この男達の手であることは間違いないからだ。


 「逃げなきゃ! 」


 と思った瞬間、衝撃と耳鳴りを聞きながら深い水の底に沈んでいくように意識が遠のいた。こもる声、遠のく意識の中でわずかに聞こえた。


 『ミゼ、殺すな.. 連れて行くんだ』


 (『連れて行く? 』 ..私 ..行きたくないよ.. 杏美ちゃん.. )


***


 —茜の知らないもうひとつの世界—


 その時、誰が気が付いたであろう。長年、社に納められた石像が無くなっていたことに。


 それは「時の加護者」を守る使命を持つ、闘いの神と呼ばれたシエラの石像だ。

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