第4話 喫茶店「真天珈」
私は一ノ瀬茜。
大好きなおばあちゃんの机を譲り受け、見つけたシルバーの懐中時計。年代物だと杏美ちゃんに自慢しようと思いながら、なぜか記憶から抜け落ちたように一カ月もカバンに入れたままにしていた。そして..
—部活が早く終わった帰り道、いつものように初大駅へ向かっていると—
「ねぇ、茜。ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「なに? どうしたの? 改めて」
「まぁ、まぁ、ちょっといろいろとね」
これから私を連れまわそうとするこの子は私の友達、『杏美ちゃん』だ。普通なら『杏美』なんだろうけど、この子に関しては『杏美ちゃん』までが呼び名だ。空に浮かぶ綿雲のようなぽわっとした雰囲気から付けられたあだ名なのだ。
実際、友達間でわずかに険悪な空気になった時、彼女にどれだけ助けられたことだろうか。彼女が『ん~.. それよりも何かお腹減っちゃったね』と話題を変えると、いつのまにか皆に笑顔が戻ってくるのだ。『杏美ちゃん』とは私たちの中で大切な想いが込められた敬称なのだ。
杏美ちゃんが付き合ってほしいと言った場所は、駅に隣接する帝国オペラタワーだった。帝国オペラタワーは、地上54階と高さ230mという、見上げれば首が痛くなるくらいの高層ビルディング。オペラタワーの名の通り、ビルの中には小劇場、大劇場があり、地下1階から地上2階までは様々な専門ショップが入っている。改めて誘うほどでもない私たちの遊び場のひとつだ。本屋に寄って、100均をプラプラして..
でも、何かいつもより漠然と歩き回る杏美ちゃん。挙句の果てには、何とまぁ、いつもはスルーする劇場ポスターのチェックまで始める始末。
「ねぇ、杏美ちゃん、演劇なんかに興味あったっけ? 」
「う~ん。まぁ.. 何て言うかね.. 」
いったい何がしたいのやら..
杏美ちゃんは劇場受付にある掛け時計を見ると思い立ったように言った。
「あっ、何かお腹減らない? 」
「まぁ、ちょっと休憩したい気持ちはあるね」
正直、1時間以上歩かされたので休憩をしたかった。
「でしょ、でしょ! じゃあさ.. 」
「ポッテリア? 」
「いや、そうじゃなくて、たまには、ほら.. 上の階のカフェとか行ってみない? 茜、行ったことないでしょ? 」
「上のカフェって高層レストラン街の? 私、全然お金ないよ」
「大丈夫だって! いこ! いこ! 」
私たちの日常は地上2階まででそれ以上の階はまったくの異世界なのだ。しかし杏美ちゃんに押し切られて制服姿のまま東京の街並みを一望できる『喫茶店 真天珈(まてんか) 』に連れて行かれてしまった。
「ちょっと杏美ちゃん、やっぱりここ制服で来るようなところじゃないよ。完全に浮きまくってるし」
「そうかなぁ。大丈夫だよ」
(相変わらずののんびり屋か!)
「あとさ、あのね、ここかなり高額だよ」
メニューを見るとケーキ&アイスティで1300円もするのだ。私の1日に使える金額を700円も超えてしまっている。
「今日は付き合ってもらってるから杏美のおごりだよ」とちょっと鼻から息が漏れるような甘い声で杏美ちゃんは言うのだった。
「ほんとにいいの? ちょっとは出すよ? 」
「いいよ、いいよ。それよりも凄い景色だね 」
確かにすごい景色、さすが地上53階だ。実は軽く高所恐怖症がある私は足元がふわふわして今にも足を踏み外してしまいそうな感覚になってしまう。(見ない!見ない!)と心で唱えながら杏美ちゃんだけを見ることにした。
ケーキを食べながら噂話や最近見たドラマの話をしていると、人気番組の「お宝査定団」の話になった。すっかり鞄の中に忘れていた懐中時計。ついにお披露目のタイミングがやってきたのだ!
おばあちゃんの机でよく勉強していた。というくだりから話をして..
「—そしてね、これがね、これが机に隠されていた『懐中時計』なのだよ!」
「おお~。何か凄くお宝っぽいね。鑑定したらすごい金額でるんじゃない? 」
さすが食いつきがいい。それもそうだ、この杏美ちゃんこそが私を考古学研究部に誘った張本人なのだから。実は杏美ちゃんも私も少々勘違いして考古学研究部に入ったわけで.. そう、私たちはアンティーク研究部だと思って入部してしまったのだ。
「でもね、これもう動かないし、直すこともできないんだって」
「そうなんだ。残念。『12時25分』で止まってるね」
「うん..(え? そんな時間だったっけ? )」
「この時計にとって、時はこの『12時25分』から止まったままなんだね。きっとその時の想い出を閉じ込めたままなのかもしれないね」
「ははは。何か文学的? 」
「でしょ? へへへ」
止まってしまったアナログ時計が密かに時を刻むなんて不思議だ。持ち歩いた振動で針がズレてしまったのかな?だって私が前に見た時、針は『11時55分』だったのだから。
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