第3話 机に隠された時計

 私は一ノ瀬茜。

 部活の帰り、いつもの初大駅のホームでサラリーマンの男性を救おうとした。でも結局、男性は他の駅で転落事故に合ってしまった。私にはそれが何者なのかはわからないけど、そいつらが犯人であることは知っていた。「白い手」だ。


 でも、これはまだ序章だったのだ。


 私が永遠に続く螺旋階段のごとく運命に翻弄され始めたのは、大好きなおばあちゃんがこの世を去って2年目の玉川緑道が桜あふれる季節のあの日からだ。


—茜の自宅—


 私は時々、おばあちゃんの部屋に訪れては、その部屋にある机で勉強をしていた。机は詩を書く事を趣味にしていたおばあちゃんにおじいちゃんがプレゼントしたもの。私は学習机なんかよりも、この木のぬくもり漂うアンティークな机が好きだったのだ。


 ただそれが成績に反映することはなかったけど..何といっても勉強の合間におばあちゃんが入れてくれるダージリンティとLe Monde(ラ・モンド)で買ってきてくれる洋菓子が最高だった!


 おばあちゃんの部屋の私物はだいたい片づけられてしまったけど、この机だけはそのままにしてあった。『おばあちゃんが大切にしていたもの』ということで、机は私の部屋へお引っ越し!


 「おばあちゃん、この机、これからは私がいっぱい使ってあげるから。大切にするよ」


 軽く机を掃除してみる。引き出しを開けるとおばあちゃんが使っていた『匂い袋』の香りがした。


 (ああ.. 懐かしい香りだなぁ)


 アンティーク調なので引き出しにはあまり物が入りそうにない。ひとつずつ取り外してみると一番下の引き出しに『何か』が引っかかっている。だけど、引き出しの中には何もない。手を突っ込んでまさぐってみると、上部に何かガムテープで貼り付けてある。


 「何だろう.. んっ、しょっと」


 剥がしてみるとそれは昔ながらの懐中時計だった。長い時が懐中時計にガムテープのノリを付着させてしまっている。考古学研究部に入っているだけあって、こういう年代物にはとりわけ目がない自分がいる。


 「これもアンティークってやつかな。まだ使える?」


 表面をノリ剥がしでこすってみたけど、固くなったガムテープのノリはなかなか剝がれない。こういう時に頼るは男親だ。居間でTVを観ながら腹をポリポリしている父に頼んでみる。


 「お父さん、これって知ってる? 」


 「なんだ? 懐中時計か。どこにあった? 」


 どうやらお父さんはこの懐中時計を見たことないようだ。


 「おばあちゃんの机の中にあったんだけど、このガムテープのノリがはがれなくて.. 」


 「ああ、じゃ、俺がはがしておいてやるよ」


 あえて隠されていたことは伏せておいた。言う必要もなかったけど、おばあちゃんが隠していた理由を詮索する事に気が引けたのだ。


 1週間後、私の元に綺麗に磨かれた『シルバーの懐中時計』が届いた。さすが工業系の仕事をしているだけのことはある。頼りがいのある父だ。父が言うには、時計をメンテナンスしようと蓋を外そうとしたが、どこにも蓋の形跡がなかったという。そのうえ溶接したような跡もないことから『ボトルシップよりも厄介な代物だ』と呟いていた。ちなみに『ボトルシップ』は父の趣味だ。


 『11時55分』で止まった時計は、もはや本来の役割を果たすことはないが、そのシルバーの輝きは、魔法の洞窟の奥にある宝物のひとつと言っても遜色ない存在感があった。こんなこと言うとどこまでも欲深い人間に思われてしまいかねないが、その懐中時計を手の中に握りこむだけで、顔が紅潮するような興奮を覚えるのだ。


 私はこの時計を友達に自慢しようと鞄に入れていたが、何度かタイミングを逃すと不思議な事にいつの間にか忘れてしまった。だけれど、その時計は密かに来るべき時を待っていたのだ。


 私がその時計の異変に気が付いたのは、およそひと月後の事だった。

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