聖火

柊三冬

第1話

「ヘイリオーネー様こそ尊び、崇拝すべき御方である!」


 私を取り囲むように佇む数名の大人達。

 目の前には右腕を空高く掲げ、周囲に言い聞かせるように叫喚する者がいる。


「私はヘイリオーネー様の天啓を受けた!」


 その人がそう口にすれば、周囲から耳が痛いほどの歓声が湧き上がる。たった数人だと言うのに、何百もの人がいるのではと錯覚するほどの声量だった。


 彼らの姿を捉えながら、私は目を細めた。




 彼ら───カルト宗教の狂信者達は、活動している廃屋を『城』と呼んだ。

 彼らは『ヘイリオーネー』が『城』にすまう偉大なる神であり、第13番聖典に載る『魔女』と『穢れ』を忌むべき物だと謳った。


『ヘイリオーネー』を崇拝し、身を清めれば生まれ持った『穢れ』を浄化できる。

『穢れ』を持った人間と関わってはならない。

『穢れ』を持った人間が育てた動植物をんではならない。

 口にすべきは教祖が渡す『ヘイリオーネー』から頂いた食物のみ。

『ヘイリオーネー』の加護がついた陶器を持ち、聖書を読んで『ヘイリオーネー』に感謝を捧げろ。


 誰がどう見ても怪しい宗教団体であり、馬鹿げた話だ。


『魔女は我が神を貶めた邪悪な存在』


 金儲けを目的に、疲労やストレスで心に負荷がかかった者を狙う。

『穢れ』があるからと『ヘイリオーネー』から頂いた神聖な食物とやらを信者に高く売り、『穢れ』があるからと信者以外の人間との交流を禁止して外部に情報が漏れないようにした。

『ヘイリオーネー』の加護付きだとほざいて陶器を高く売りつけ、金儲けのための「作り話」である『聖書』を信者にいくつも押し付けた。


『この廃屋は、ヘイリオーネー様が住んでおられた城の跡地である』


 普通なら、こんなものにハマるわけが無い。


 ハマるわけがなかった。




 ───なのに、私の母は違った。




『魔女は聖火によって生きたまま焼かれるのだ』



 仕事に明け暮れ、女手ひとつで私を育て上げた母は酷く疲労していた。

 そんな母を支えるべく、家事は全て引き受け、勉強面では心配させず、高校は公立に絞った。


 それでも、母の疲労は拭いきれなかった。


「ねぇ。今度の休み、買い物に行こう」


 何度もそう声をかけて私をカルト宗教に誘った。


 私は怖かった。

 ただでさえ余裕のないお金を使って意味のわからない壺や聖書を買う母が。

 うっとりして馬鹿げた作り話を謳う母が。

 何度声をかけても熱狂的に信仰し続ける母の姿が。


 いつか、母が何か大事を起こすように思えてならなかった。


 ───そして、その悪い予感は的中してしまった。


「続いてのニュースです。昨日、○○県××町でカルト宗教の信者による殺人事件が発生しました。被害者の体にはいくつもの痣があり───」


 母が人を殺した。


「ヘイリオーネー様を馬鹿にしたのが悪いのよ!穢れが移るわ!触らないで!」と、訳の分からないことを叫ぶ母がテレビに映し出され、頭が真っ白になった。


 あれは母なんかじゃない。

 母はもっと優しくて、温厚な人だ。


 頭で何度もそう言い聞かせた。


 精神が参っていた私は、「カルト宗教によって人生を狂わされた可哀想な子」として、ネット上に拡散された。私には慰めの言葉を、母に辛辣な言葉を、毎日送られた。


 その時期のことは詳しく覚えていない。

 母が人を殺したショックと、毎日蓄積されていた疲労が祟って体を壊した。


 そんなことがあって、早2年。

 無事に高校に入学し、私は落ち着いた生活を送っていた。


 世間を騒がせたカルト宗教の存在も、『ヘイリオーネー』の存在も、信者が集った『城』の存在も、世間から全て忘れ去られていた。


 もう、私を脅かす存在はいなくなった。

 友達がいるから、大丈夫。

 過去に囚われるべきでは無い。


 そう言っては自分を奮い立たせ、温厚な生活を送っていた。



「これが魔女だ!!!」



 叫喚し続ける目の前の男が私を指さす。


「これのせいで我が教団は迫害された!」


 黒煙が目を刺激する。

 彼らの姿を捉えながら、私は目を細めた。

 廃屋の柱に手足を縛り付けられ、周囲には狂信者が私を囲むように佇んでいる。

 忘れさられた『城』の中、忘れ去られたカルト宗教の狂信者によって。


 ───忘れ去られた「可哀想な中学生」が再びニュースにのるだろう。


 縛られて声を出せない私の足元に、狂信者これによって『聖火』が落とされる。


 ───今度は魔女焼死体となって。

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聖火 柊三冬 @3huyu

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