第1話-③ 悪役令嬢は真相を解明し、探偵への道を踏み出す
「ユーリス」
「はい、ファルラ様!」
返事をするのと同時にユーリスは少し腰を落としてぐっと構えた。手の甲にぼんやりと魔術紋が光り出すと、その手を何度も交差させる。空間に置いていかれた光が、幾重もの白い文様となって浮かんでいく。
魔法陣。
防御結界。
それもかなりピンポイントで、私達の周囲だけを守るもの。
1枚でドラゴンブレスすら防ぐそれを、何十、何百枚とユーリスは瞬時に重ねた。
遅れること1秒。
ぞっとする気配とともに放たれたのは、赤黒い情念の塊のような禍々しい矢だった。
魔族が勇者殺しとして使うそれは、かなり強く、そして鋭い。
バリン! バリン!
ユーリスが作った防御結界が次々と破壊され、光のかけらになっていく。
あと3枚!
あ、ダメ、突破される!
というところで、ようやく敵の矢が霧散した。
「やるう」
おでこをてかりと輝かしたユーリスが、さも楽しそうに言う。この戦闘おバカ。あとでおでこをたくさん叩かないと。
「申し訳ございません、ファルラ様。お力を少々お借りしました」
彼女の光るおでこに、一筋の汗が流れていた。
なんだ、あんなユーリスでも、余裕なんてなかったのか。
とっさに握ってしまった私の手を彼女はゆっくりと放す。手のひらにある魔術紋が互いに共鳴して光っていた。
ユーリスへの莫大な魔力供給を強制的にされてしまい、さすがの私もめまいがしてきた。
「よい、許します」
そう答えると、湧き上がる頭痛に顔をしかめる。
これが私の能力。転生で貰えたギフテッド。認めた他者へ大量の魔力を供給する「マナサプライヤー」。
その量は、10歳の子供が使えるぐらいの簡単な魔法でも、街ひとつぐらいは消し飛ばせる。ただその量が多すぎて、耐えられたのはユーリスだけだったけど。
敵に弱みを見せたくないので、自分のこめかみをぐりぐりとして痛みをまぎらわし、どうにか平気を装う。
私の様子を見て、このまま敵に向かうか、私のそばにいるかユーリスが瞬時に迷った。結局、後ろに控えるふりをして、私の体を支えてくれた。
破壊された防御結界の白い煙が晴れてきた。私達を攻撃した人物がシルエットから少しずつ実体として現れる。その人はただ驚いていた。
「無詠唱で魔法無効化だと。第3位階の魔法だぞ。なぜ……」
「おやおや、まるで自分が犯人だと言っているようじゃないですか。コーデリア先生」
「うるさい。私がジョシュア殿下の隣にいるはずだったんだ。そこの小娘と入れ替わるはずだったのに、こいつが……」
「その理由は恋心……、というわけではないですよね」
「はは、お前は何でも知っているようだな。そうさ、魔法学園の先生ライザ・コーデリアは仮の姿。真の名をノライザ・アルザシェーラと言う」
とたんに貴族達がどよめきだす。ジョシュア殿下も顔色が変わっていく。
この名前はそれだけの意味を持つ。
「追放された古王家だと……」
少し震えた声でそういうジョシュア殿下に、コーデリア先生は嘲笑うように言う。
「ああ、そうだよ」
「魔術に長けすぎて、魔族と取引し、人の道を踏み外したその一族。なぜ今頃……」
「我がアルザシェーラ家1000年の恨み、お前にはわかるまい。じわじわと王家を締め上げ、この国から引きずり下ろす。これこそが我らが積年の願い」
コーデリア先生が凄みを効かせて笑いだす。手をあげて、何かヤバげな魔法を使おうとしたところだった。
「シャドーバインド! 」
そうイリーナが叫ぶと、コーデリア先生が術を使うよりもすばやく影を縛って身動きをできなくした。
さすが、学年主席の表彰生徒なイリーナ。手際がいい。コーデリア先生はもがきながら術の解除を試していたが、もう遅かった。駆け付けた衛士達が勇敢にも大勢飛び掛かかって先生の体を押さえてきた。
私は少しだけ手を振り、お礼を言う。
「ありがとう、イリーナ」
「こっちは大丈夫よ、ファルラちゃん。ちょうど良かった。一度先生をたくさん縛ってみたかったのよね」
うふふ、と笑うイリーナを見て、ちょっと戦慄を覚える。一体どんな恨みが……。
取り押さえられる先生の姿を横目に見て、私はジョシュア殿下とアーシェリに向き直った。
「さて、お仲間が捕まりましたよ。アーシェリス・アルザシェーラさん」
その一言で彼女は泣き出した。
「違う……、違います……。私はアーシェリ・コルネイユです。しがないパン屋の娘です。本当です……、信じてください……」
「同じことをハロルド殿下にも言ったのでしょう?」
アーシェリの目が見開く。
「なぜ……。あの場には私とハロルド殿下しかいなかったのに……」
「ええ、そうですよ。あなたたちしかいなかった。ただ……。んー。そうですね」
私はアーシェリに近づくと、いかにもか弱い女の子を泣かした悪役令嬢のように、彼女を見下ろす。
「いろいろわからなかったんですよ。ハロルド殿下がなぜわざわざ魔法学園のお茶会にやってきたのか。あんなに来るのを嫌がってたのに。ジョシュア殿下の様子を見に行くため? 違います。愛している男妾のため? 違います。むしろその仲を知られる危険があるから行きたくなかった」
「……」
「アーシェリ、あなたに会いに来たのですよ。弟のために、どうか離縁してくれと」
アーシェリのそばにいたジョシュア殿下が「なんだと……」と驚愕の声を上げる。私はそれを無視して話を続けた。
「ハロルド殿下は何かをきっかけにしてアルザシェーラ家の暗躍を知った。だから、自分でできる範囲でなんとかしようとしていたんです。愛すべき恋人のために。愛すべき弟のために。実に良い人でした。ジョシュア殿下が思っていたように。まあ、死んでしまったら仕方がありませんが」
真っ青な顔をしているアーシェリが私を見つめている。それを無視するように語り続けた。
「アーシェリ、あなたはこうしたんです。ハロルド殿下に秘密を知られて別れろと言われ、怖くなって同志であるコーデリア先生に相談した。コーデリア先生は復讐計画の隠蔽のため、ハロルド殿下殺害を計画。かねてから知っていた生徒会長との仲を利用。ハロルド殿下がカフスボタンを利用してジョシュア殿下を貶める計画をしているとささやいた。生徒会長はジョシュア殿下への想いからまんまとハロルド殿下を殺害。あなたは心から安堵した」
アーシェリにまだ寄り添っているジョシュア殿下へ、刑を告げる裁定者のように私は言葉を発した。
「不名誉を恐れたジョシュア殿下は、真相を知らぬままこれを隠蔽し、愛するアーシェリのために、私へ罪をかぶせようとした」
ジョシュア殿下が顔を背ける。
「ああ、推理ショーというのは実に爽快ですね。そう思いませんか? ジョシュア殿下」
何も言わない。いまの気分を聞きたかったのに。
仕方ないですね。ほっときましょう。
その場で手を広げて、私は体をゆっくりとまわす。拍手と喝采が欲しい歌手のように、集まってる人々に問いかけた。
「さて、みなさん。これが真実です。どこか違うところはございますか?」
ジョシュア殿下はうなだれていた。
生徒会長はこぶしを強く握り締めたままでいた。
コーデリア先生は衛士に組み伏せられたまま、まだ暴れていた。
人々は動けず、黙り込み、静かな海のようになっていた。
アーシェリは、泣くのを我慢しながら、ぽつりと言った。
「ひとつ、違います。違うんです」
「なんですか?」
「私は、本当にジョシュア殿下のことを愛したのです。最初はアルザシェーラ家の命令で近づきました。幼い頃からそれが当たり前でしたから。でも、愛してしまったんです。ジョシュア殿下のまっすぐな気持ちを……」
「そんなもの、まやかしですよ」
「あなたにわかるはずがない! 憎くても愛してしまう、この感情が……」
「さあ、どうでしょう。案外、私がいちばんよくわかっているかもしれませんよ」
きょとんとしたアーシェリを無視して、ジョシュア殿下が私を苦々しくにらんで話し出した。
「私達をどうするつもりだ」
「どうもしませんよ」
「なに?」
「そうですね。どうしても、というなら……。身の安全を図るため、私も共犯者のひとりに加えてもらいましょうか」
「それはどういうことだ」
「アーシェリ、あなたを我が家の養子として庇護しましょう。まがりなりにも我が家は侯爵家。これで家格は整う。アルザシェーラの名も少しは捨てられるはずです」
「お前はどうする」
「王子との婚約を破棄された不出来で嫌われ者の私は、城外の街中で暮らせる権利とわずかな報酬を毎月いただければと思います」
「何をするつもりだ」
「探偵でもして暮らしていきますよ」
「探偵?」
「ああ、そうでした。この世界には、まだ存在しない職業でしたね。もつれた事件の真実を暴き出し、隠れた犯人を見つけ、そしてわずかなの報酬をいただく。そう、こんなふうに」
「誰がそんなことを頼む」
「だってほら。ちょうどいい宣伝になりましたし。ここにいらっしゃる貴族の方々は将来のよい顧客となるでしょう」
「お前……」
アーシェリが泣き顔のまま、私に頭を下げた。
「ありがとう……、ございます」
「ありがとう? 違いますよ、私はあなたを投獄したんです」
「投獄?」
「一生好きな人から愛されることはなく、王妃という仮面をつけさせられて、誰にも愛されない日々を過ごすのです。その生活は北方の牢獄のほうがはるかにマシに思えることでしょうよ。人をひとり殺し、多くの者に罪をかぶせたあなたには、ふさわしい罰です」
「そんな……」
ジョシュア殿下がアーシェリから目を背け、苦しそうにつぶやく。
「真実を知ってしまっては、もう元には戻れない」
もはや手をつなぐことすら難しいだろう。
しかも、ここにいる貴族たちみんながこの茶番を目にした。
もうアーシェリには何もできない。
泣き崩れるアーシェリに私は何も感じなかった。自分の未来を切り開くために自分では何もしなかった人。他人にいいように使われ、翻弄され、あげくに好きな人の兄上を亡き者とした。この女に哀れみすら湧かなかった。
まあ、いいか。
私、悪役令嬢なんだし。
セイリス殿下が手を差し出し、座り込んでたジョシュア殿下を起こす。それから一言二言、慰めの言葉をかけていた。まあ、うるわしい兄弟愛。私にはまったく関係ありませんが。
そんな光景を眺めていたら、ユーリスが私の手に触れた。
「そろそろ頃合いかな」
「そうですね」
私はドレスの両方の裾をつまむと、ジョシュア殿下たちにお別れの会釈をした。
「さて。私はただの嫌われ者です。ここでおいとまさせていただきます」
くるりと彼らを背にして歩き出す。
自分でも驚くほど未練がなかった。
庶民に下ることにもまったく不安がなかった。
だから。だからこそ。
カツカツという靴音だけを残して、そこを去っていく。
群がっていた貴族たちが、私を避けていく。まるで潮が引くように後ずさっていく。
「待って、待ってよ、ファルラお姉ちゃん」
私をそう呼ぶのは、その人しかいなかった。
幼いのに白い礼装を大人のように着込んだその人が、去り行く私を呼び止めた。
「ミルシェ殿下。これはまたかわいらしい」
「……その身、僕が引き受けても良いよ」
「もったいないお言葉です。ですが……」
「だめなの? 言ってよ、ファルラお姉ちゃん。どこがだめなの? お願いだから……」
ああ、もう、かわいいな。
顔を真っ赤にして精一杯にしているミルシェ殿下に、私は身がよじれる思いだった。
一番末っ子のかわいい王子様。よく王宮の中庭で遊んであげたことを思い出す。
まあ、でも。
この王家の人間とは、私は誰とも一緒になる気はない。
「失礼ながら、後ろでもじもじされているレディに悪いかと」
「え?」
振り向くと白いドレスを来た同い年ぐらいのかわいい茶髪の女の子が、心配そうに私達を見ていた。
その後ろには長い髪を垂らし赤い目をした執事が、困ったように控えていた。いや、もしかしてこいつメイドか。
「ごめんなさい、ファルラお姉ちゃん」
「お気になさらないように、ミルシェ殿下。いずれ、また」
そう。いずれ。近いうちに、私はまたこの人たちと対峙することになるから。
重厚な大扉が開かれた入り口の前に立つ。その上を見上げれば「すべての歴史はここから始まる」と古代語で書かれていた。うんうん、実に私達らしいじゃないか。
私は後ろへ振り返った。ほんの少し前まで華やかで、いまは驚愕で唖然茫然としている皆様方に、とても優雅な会釈をする。
「それでは皆様、ごきげんよう」
私は生き残った。自らの手で。この頭脳で。
再び前を向く。歩き出す。一歩一歩と。もうここには用はない。
扉が閉まる重い音を背後に聞きながら、私は堂々とこの場を後にした。
こうして私は、探偵として歩み出した。
あの懐かしく、そして私が前世で死んだ原因となった、あの生き様を再び。
また、その一歩へと。
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次話は2022年9月21日19:00に公開!
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