第1話-② 悪役令嬢は謎を解明するも、真実の敵と出会う


 「そ、その言い方はなんだ。それでは……」

 「ええ、そうですよ。病死なんかじゃありません。誰かに殺されたのです」

 「違う……」

 「実際は剣で刺されていたそうです。胸を一突き。警備厳重な王宮での王族殺害は王家の沽券にかかわる。だからこそ隠された」

 「馬鹿な、緘口令を……」

 「おやおや。自らバラしてしまいましたね」


 顔を真っ赤にして口元を手で押えるジョシュア殿下に、私は追い打ちをかけるように言う。


 「いずれ国民へ知らせないといけない。では、毒殺にでもされたことにしよう。病ではなく毒で臥せっていたと。そうだ、犯人は嫌われ者で仕立てよう。他に好きな人もできたし。舞踏会で婚約破棄して悪事を暴けば、王子殺しはあの嫌われ者が犯人だとみんな思ってくれる。ちょうどいい。ちょうどいい。実にちょうどいい」

 「なぜ、お前がそれを……」

 「これが推理というものです。実に簡単な推理ですが」


 にんまりと笑う私にジョシュア殿下が苦々しげに言葉を吐く。


 「だからお前は嫌われるのだ。ファルラ」

 「申し訳ございません、殿下。私はこういう生き物ですから。生き死にがかかっていても、嘘をつかれるとやり込めたくもなります」

 「お前は……」


 セイリス殿下がジョシュア殿下に「どういうことだ」と詰め寄る。その様子を美形男子同士が争うのは絵になるなって、ぼんやり見惚れる。

 問い詰められて苦しくなったジョシュア殿下が、とっさに手を上に伸ばした。


 「衛士を呼べ。ファルラを捕らえよ。自ら罪を告白した」


 その声に反応するように、次の間やテラスに控えていた衛士達が何十人も私へ駆け寄ってきた。

 背後に控えているユーリスが、「これだけいると掃除が大変になるな」とか、剣呑な言葉を上げ始める。


 もう。まったく……。


 私は思い切り声を張り上げて叫んだ。


 「事件の犯人はっっっ!!!!!」


 衛士たちの足が一瞬止まる。


 「そう、犯人は、この事件のおかげで利益を得る者です。例えば、王位継承権を得られたジョシュア殿下。あなたです」


 私の一言で、剣を振り下ろすべき相手がわからなくなり、衛士たちが互いの顔を見合わせた。

 その場にいる全員の注目を集めながら、ジョシュア殿下が静かに口を開いた。


 「……私がそんなことをするわけがない。国の礎としても兄としても敬愛していたのだぞ!」

 「ええ。ジョシュア殿下はそんなことをする人ではないでしょう」

 「なら……」

 「ひとりいるのですよ。私が排除され、殿下が王になったら利益を得られる者が」


 とっさに後ろを向くジョシュア殿下。おびえたアーシェリと目が合う。彼女はけなげにも倒れるように冷たい床へ座り込んだ。うなだれたまま力なく言う。


 「殿下は、私をお疑いになるのですか……」

 「私はアーシェリの古臭い因習を感じさせないところが好きなのだ。他の貴族ではそうはいかない。貴族達は権力を求め、王家の血を欲す。私の言葉ひとつで大事になる。だからアーシェリには何でも話せた。実に楽しかった。よい笑顔をしてくれた。アーシェリが王妃の地位に執着していないことはわかっている。ああ、そうだとも。何があっても私はお前を守ろう」

 「ありがとうございます、殿下……」


 なにこれ。どうでもいいかな、そんなこと。

 私はそんなふたりへ手短に言う。


 「動機があるんです。そうですよね、アーシェリ?」


 彼女の青い瞳が揺れている。私がどこまで知っているのか計ろうとしているのか、それともおびえているのか……。

 私たちを遠巻きに見ていた人の中から声が上がった。


 「もう止めてくれないか。非力なアーシェリが剣で男を刺すなんて、できるわけないだろう。無実の者が責められているのは、見るに堪えない」


 その人が私たちの前に現れる。


 「僕がハロルド殿下を殺した犯人だ」


 ジョシュア殿下の目が、大きく開く。

 私はちょっとつまらなそうに言った。


 「ええ、知ってましたよ。生徒会長」


 自ら犯人と言い出したグリシャム生徒会長が、私に呆れたように言う。


 「少しは驚いてくれよ」

 「それはですね。あなたがこうやって自首することは真犯人には計算のうちだったからです。いざとなったら切ることができる、とかげのしっぽ。それがあなたの役回りです」

 「手厳しいな。それなら私がどうやって剣を寝室まで持ち込んだのか殺し方を話そう。証拠と合わせれば真実だとわかるはずだ。しっぽどころかちゃんと犯人だ」

 「いりません」

 「は?」

 「どうやってハロルド殿下を殺したのか、その方法はさしたる問題ではないのです」

 「どうして? 方法がわかれば私が犯人だと判明するじゃないか」

 「この剣と魔法の世界では、いかようにもトリックを作れますし、いかようにもトリックを破ることができるでしょう。だから、そこはどうでもいいのです」

 「それはそうだろうが……」

 「もっと重要なのは『どうしてそれを行ったのか』。つまり動機です」


 私は少し驚いているそのメガネの奥の瞳へ問いかける。


 「生徒会長。あなたが抱えている秘密について、いまこそ言うべきでは?」


 彼は表情を変えない。

 生徒会長は実に堅い。私とユーリスが徹底的に身辺を洗っても、何も出なかったぐらい。


 うーん。仕方ないか。

 やっぱりあれを使いましょう。

 私は手をぱんぱんと叩き、ユーリスを呼びつける。


 「はい、ファルラ様。こちらでございます」


 銀のトレーに黒いビロードで包まれた宝飾品を私のそばまで持ってきた。そのひとつをつまむ。真っ赤な宝石がきらりと光った。


 「これは竜の血とも言われる宝石、ドラジニアで作られたカフスボタンです。ふたつおそろいの物です。この宝石は永遠の愛情を互いに捧げるもので、婚礼にもよく使われています。これがあった場所が問題なのです」


 生徒会長の顔色がみるみる変わっていく。

 みんなの目が私を見つめる。


 「ひとつは生徒会長の隠し金庫にありました。もうひとつはハロルド殿下の寝室です」


 貴族たちは口々と密やかに、そして明け透けに言う。


 ハロルド殿下があんな者と……。

 まさか男同士で……、汚らわしい……。


 まったく下世話な人たちだ。

 焦ったジョシュア殿下が私の手をつかむ。


 「待て、それでは兄上は……」


 それはそうだよね。本人が死んだあとにこんなこと聞かされるだなんて。心中察しますよ、ほんと。

 でも……。


 「んー。違うんですよ。ちょっと違うんです。そうですよね。生徒会長」


 彼はずっと黙ったまま、私を見つめていた。

 私は諭すようにゆっくりと言う。


 「もう隠し事は止めにしましょう。あなたはジョシュア殿下が好きなのでしょう? ハロルド殿下ではなく。このまま罪をかぶると、ハロルド殿下との痴情のもつれで殺したことになっちゃいますよ」


 この一言は、ようやくお堅い生徒会長に届いたらしい。


 「……僕のもうひとつの顔は男妾なんだ。ハロルド殿下はそのお客さんだよ。そのカフスボタンは、ハロルド殿下から親愛の証として僕に贈られたものだ」

 「待て、兄上はそんなこと一言も」

 「言えるわけないだろう、そんなこと。この国で同性愛は神に背く行為だ。我らが満ちた月明かりは、決して同性同士の姦淫を許すことはない。死罪なんだよ」


 生徒会長がジョシュア殿下にすがりつくような目で見つめる。


 「ハロルド殿下は男色の罪をジョシュアにかぶせようとしていた。カフスボタンをジョシュアの寝室に隠しておいて、あとで部下に見つけさせ、婚礼の前に失脚させる計画と聞いたんだ。だから僕は……」


 うなだれる生徒会長。握られた拳が白く染まっていく。


 「僕は汚れた身だ。どうなってもいい。でも、ジョシュアに害が及ぶのは、なんとしても避けたかった」

 「ミハエル……」

 「まだ、名前で呼んでくれるのか。ありがとう、ジョシュア。我が親友」


 私は手をぱんぱんと叩く。


 「友情ごっこは、それぐらいで」

 「ファルラ、お前さっきから……」


 生徒会長が私をきつくにらんできた。


 「どうしてカフスボタンがここにある。ハロルド殿下を殺した後、どこを探しても見つからなかったのに」

 「それはそうでしょう。私達が先に盗んだのですから」

 「は?」


 人間の黒くて泥深い底をのぞき込むように、私は生徒会長をぐっと見つめた。


 「それで、そのジョシュア殿下を失脚させる計画とやらは、誰から聞いたんです?」


 そのとき「ちっ」という舌打ちがかすかに聞こえた。私は静かにその名を呼ぶ。






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