名探偵悪役令嬢 ―我、婚約破棄の場で華麗なる推理を堂々と披露せんとす―

冬寂ましろ

我、婚約破棄の場で華麗なる推理を堂々と披露せんとす

悪役令嬢は名探偵編

第1話-① 悪役令嬢は婚約破棄の場で謎を突きつける

■アシュワード連合王国 王都アヴローラ「紺碧の宮」 大ホール「歓喜の間」 エルタ小月(8月)10日 19:00



 嬉しかった。そして気持ちよかった。それは昔から変わらなかった。歩くたびに赤い絨毯が私の足をくるぶしまで包み込み、まるで雲の上を歩いているような感じにさせてくれる。

 侯爵である父に促されて、私は6歳の頃には社交界へ放り出された。心細くて泣きそうな気持ちで、何度この廊下を歩いたことだろう。この廊下は、そんな私を歩くたびに慰めてくれた。

 そう、今でも。


 私は前を見た。重々しい扉が開けられた入り口のその先には、豪奢で花々しい巨大な空間が広がっている。宝石に埋め尽くされた輝く壁。透明な魔石で作られたシャンデリアに光の精霊の明かりがきらめいている。その真ん中では、かろやかな音楽の中で、花のようなドレスを着た娘たちが、ツバメのようなしゃれた男たちと舞い踊っていた。


 ここはアシュワード連合王国が誇る夏の離宮「紺碧の宮」。

 そこに集うのは、王家に忠誠を誓えし貴族たち約1000人。

 それらが一堂に会した夜の大舞踏会。

 悪徳で栄えたアルザシェーラ家から、聖なるアシュワード家の治世になって1000年。その歴史を全部振り返っても、これほどの宴はなかったろう。

 そして、ここが私の運命が決まる場所。


 赤い絨毯はここで終わりだった。この先は冷たくて白い石のタイルが大ホール一面に敷き詰められている。

 私はその境目で立ち止まった。


 ……この先を行けば私はすべてを犠牲にする。たったひとつのたいせつなもののために。


 「ファルラ様」


 声をかけられて、いつのまにかうつむいていた顔をあげた。我が家のメイドであるユーリスが、目を伏せながら壁際に控えていた。白いフリルがついたカチューシャが、くしゃっとした犬のような銀髪をまとめてあげている。私に頭を下げて礼をすると、光るおでこに一筋の輝く髪がはらりと落ちた。


 「お顔をお上げください。どうかファランドール侯爵令嬢としての威厳をお見せください」

 「そんなことはわかっています」


 少し八つ当たりしたような声を出してしまった。


 「ファルラ様、御髪が」


 ユーリスが私の巻いた髪を触る。それから吐息を感じられるぐらい顔を近づけた。竜の血のように赤い耳飾りがきらりと光る。


 ぷに。

 ぷにぷに。


 私の頬をユーリスが人差し指でつつきながら、無邪気に言う。


 「もう、ファルラってば。いつもの自信たっぷりな笑顔はどこへ行ったの?」


 にししって、いたずらばかりしている男の子のようにユーリスは笑う。口元に小さな白い八重歯がのぞいていた。

 私より女の子してるのに、中身はどうしてこうもやんちゃな男の子なのか……。


 「ファルラが好きなことをやって、けらけら笑っていたら、私は嬉しいんだよ? だから笑って。いざとなったらファルラを抱えて、ここからびゅーんと飛んで逃げ出すから。だから……」


 その言い方がなんだか面白くて、私はくすくすと笑い出した。

 ……ユーリスのくせに。

 ちょっとムッとして、彼女のつややかなおでこをぺしぺしと何度も叩いた。


 「ちょっと、ファルラ、だめだって。叩かれて過ぎて湯気出ちゃうって! あ、も、ちょっと! にゃーっ!」

 「ユーリス。私に失敗はない。だから、逃げ出すなんてありえない。必ず望んだ結末を手に入れます」


 それを聞くとユーリスは、おでこをさすりながら少し困った顔で、てへへと微笑んだ。


 「ごめんて。ほら、いい顔になったよ、ファルラ」

 「それはどうも」

 「私はファルラの後ろにいつもいるから。必ずいる。だから大丈夫。きっと大丈夫」

 「言われなくても」


 私は歩き出した。ユーリスのその先へ。その向こうへ。

 すれ違うとき、彼女は私にしか聞こえないように小声でつぶやいた。


 「私はファルラのことが大好きなんです。知らなかったでしょ?」


 まったく……。

 まあ、でも。

 ふふ。うふふ。


 冷たい床に一歩を踏み出した。もう怖かったり泣きそうだったりはしなかった。

 歩くたびに黒いヒールの音が私の体に響いてく。踊るように急かしている楽団の音と、貴族達のどうでもいい会話の声が、何重にもなって私に襲いかかる。その中を悠然と泳ぐように進む。

 コーデリア先生の姿が見えた。王立魔法学園で私がいる教室の担任をしている。少し色黒で精悍な姿に着ている紺碧のドレスがよく似合っている。この社交界慣れした貴族しかいない場所だと、魔法学園より居心地が悪いかもしれない。同じ魔法学園の生徒会長と一緒に、グラスを交わしながら何かを話していた。

 ということは、イリーナもここにいるのだろう。ほら、すぐに私に気がついた。いつもと変わらず、ぽわぽわとした花が飛び散るように、にこやかにこちらへ手を振る。あ、私に向かって駆けて来た。ああ、もう。白いドレスの裾を踏まないか、ハラハラする。ほらあ、つまづいた。私がとっさに手を伸ばしていなかったら……。


 「転びませんよ。だってファルラちゃんが支えてくれるの、わかってますから」

 「もう。そんな笑顔で、私を困らせないでください」

 「だって面白いんですもの」

 「まったく。王家すらもしのぐ世界最大の大貴族様なのですから、もっとお淑やかに」

 「最近はちっとも面白くなかったのです。ファルラちゃんが魔法学園にいらっしゃらなくて」

 「用事がいくつかありました。ほったらかしていたわけではないのですが……」

 「なら、今日はこれから面白くなるのでしょう? ファルラちゃんがこんなとこへ来たのだから」

 「さあ。それは、どうでしょうか」


 面白くはないかもしれない。こんな嫌われ者の私を好きでいてくれるイリーナにとっては。


 「イリーナ、またあとでよろしいですか?」

 「え、うん……。いってらっしゃい」


 イリーナは勘がいい。集まった顔ぶれでこれから何が起こるか、わかっているかもしれない。


 不思議そうに手を振る彼女の後ろを眺める。


 貴族の皮をかぶった政治家、官僚、軍人、富豪、そして悪人……。

 私はそうした人間たちの只中にいる。表面だけは取り繕った黒い泥の中に。

 そして、私もそのひとりに過ぎない。


 私は歩く。そんな中を。胸を張り堂々と。人々の、その黒い泥の真ん中まで。

 この日のためにあつらえた血のように暗く赤いドレスが、踊るのを止めた人々の視線を浴びて、ゆるやかに揺れていた。


 長い黒髪を束ねたセイリス殿下と、白いクマのぬいぐるみを抱えた幼いミルシェ殿下が、私を少し離れたところから興味深く見つめている。

 そして、もうひとりの王子。


 やがて、それは来た。

 やはり、来てしまった。

 せわしないカツカツとした靴音を広大なホールへ響かせながら。


 「もう我慢ならぬ。ファルラよ!」


 白い正装に身を包んだジョシュア殿下は、そのくしゃっとした金髪から湯気が出そうなぐらい怒っていた。その後ろでは、同じ魔法学園に通っている平民の町娘、アーシェリがこちらを恐々と見ていた。


 「我が兄、ハロルド王子の喪が明けてからと思っていたが、もはやそれも難しい。アーシェリへの仕打ち、それに伴うさまざまな暗躍、すでに寛容になれる時期はとうに過ぎた」


 ジョシュア殿下が私に指をびしっと差す。


 「我が将来の妃、ファランドール侯爵令嬢、ファルラ・ファランドールよ。お前との婚約を私は破棄する!!」


 ……。

 …………。

 ………………はあ、まったく。


 なんでこういうときの王子って奴は、こんなにもテンプレなのか。

 これじゃ転生前の記憶と本当に同じ。

 あれだけたくさん読んだり遊んだりしてきた「悪役令嬢」物と一緒。

 ほら、やっぱり面白くない。


 さて。

 私は断頭台の露と消えるのか。それとも寒々とした他国へ追放され、寂しく暮らすのか。


 ふふ。

 嫌だ。

 そのどっちも嫌だ。


 だから、私はつかみに行く。自分の頭脳で。自分の将来を。

 ふふ、うふふ……。


 「どうした、ファルラよ。口も聞けぬほど驚いたのか。お前ごときが、もしや私に憐れんでほしいとでも?」

 「ぷふっ」

 「なんだ。何がおかしい」

 「いえ、殿下。おかしいことは何も。ただ……」

 「なんだ?」

 「私にそのような濡れ衣をお被せにならなくても、ひとつだけ願いをお聞き入れいただければ、すぐにでも殿下の前から消えてなくなりましょう」

 「濡れ衣だと。まあ、いい。その願いとやらを言ってみろ」

 「あなたの兄上、ハロルド殿下殺害の真相について、この場で私の推理を披露させていただければ」


 どよめいた。

 私たちの行方を見守っていた人々の囁き声が、豪奢な広いホールへ乱れるように響き合う。

 私はその様子を肌で感じながら、ニヤリと笑った。

 あわててジョシュア殿下が口を開く。


 「馬鹿な、ファルラ。我が兄は病死であり、それは医者たちも……」

 「んー。本当にそうでしょうか?」


 人差し指で口元を押さえる。それは私の癖。これから推理が始まるという知らせ。転生前もそうだったように。


 ドレスをひるがえしながら、コーデリア先生が少し怒ったように言い出した。


 「私も死因を調べることに協力している。ハロルド殿下が亡くなったのは病死で間違いない」

 「本当に?」

 「ハロルド殿下は、我が王立魔法学園の伝統あるお茶会へ久しぶりにお出になられたあと、床に臥せりがちになり、1か月後に病状が悪化してお亡くなりになられた。それしかないのだ」

 「そうですよね、みなさん。そのようにお聞きになっているはず」


 セイリス殿下が目つきを厳しくさせて、束ねた黒髪を振り回す勢いで、私達の前に歩み出た。


 「兄上は安らかに眠られていた。私はちゃんと見たのだ」


 少し離れたところから、イリーナが私に呼びかける。


 「ファルラちゃん、私も弔問へ行きましたよ? とくにおかしなところは無さそうでしたわ」


 また人の輪の中から声が上がった。生徒会長だ。その優しそうなメガネの男が、貴族たちを掻き分けて私たちの前に出た。


 「ファランドールさん。それ以外に真実はありません。この舞踏会は、亡くなられたハロルド殿下への追悼の意味もあります。セイリス殿下も気分を害されていることでしょう。このようないたずらはいささか……」

 「さすが、品行方正で生徒会長になられただけはありますね。ミハエル・グリシャムさん」

 「それとこれとは……」

 「良くある話だと思いませんか? 以前からハロルド殿下は公務を休むときがあり、病弱だという印象がある」

 「事実として、そうですが」

 「実に都合よく、死んでいる」


 そう。実に都合が良い。今、死んでしまうのは。

 私の最後の言葉にジョシュア殿下がうろたえだした。



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