第6話 初めての……

 僕は、剣を手にじわじわと距離を詰める騎士たちの前に立ちはだかった。


「きみ、どきなさい! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」


 その騎士の胸についた飾り……紋章は、以前町で少年が手にしていた『ゲスツィアーノ魔導大全』の表紙にあったものと酷似している。


 僕は、尋ねた。


「……公務? 二級魔術師ゲスツィアーノ様は、王家の騎士団と同じような、罪人を裁く公的権限をお持ちなのですか?」


「……!」


 ぎくり、と騎士たちが固まった。


「あなた方は、ただの私兵……ゲスツィアーノの部下でしょう?」


 『公務執行妨害』……公的機関を名乗るのは、越権行為。王家に対する叛逆なんじゃないの?


 これは単なる、無知ゆえの疑問だ。

 そもそも僕はゲスツィアーノが誰なのか、どれくらい偉いのかもよくわかってないし、ともするとすでに王家と癒着があったりするかもしれない。

 王家に属する騎士団が、日本でいう警察……公的機関というのも当てずっぽう。


 だが。普通、そこらのボディガードごときが警察の名を語ったら、立場的に不利になるんじゃないの?


 暗にそう尋ねると、騎士たちは目に見えて尻ごみをする。


 彼らに隙が生まれた、瞬間。

 僕の視界には無数の光がちかちかと点滅しだした。


(これは……さっきの、蜘蛛の糸?)


 ……を描いていた、『点』だ。


 宿屋の窓枠で、淡く点滅する光と光を、銀色の蜘蛛の糸が結んでいたのを思い出す。


(なんでもいい……指いっぽんで切れる弱っちぃ糸だろうがなんだろうが、何もないよりはマシだ……!)


 僕は、目の前に見えたそれらの『点』を、『線』で結ぶように指を振った。


「「!?!?」」


 瞬間。その場にいた騎士たち全員が、目を抑えて狼狽える。


「なっ……貴様、何をした!?」


「目が! 目が見えない!」


(……目?)


 よくよく見ると、僕が張ったと思われる銀の糸は、騎士たちのまつ毛の一本一本を『点』と捉えて、彼らの瞼を上下に縫い付けている。


 数度瞬きをすれば振り払えてしまう、脆弱な糸。

 半分しか糸の取れていない視界の悪い中、「よくもッ……!」と、怒りに任せた剣先が僕に飛んできた。


「あぶなっ……!」


 咄嗟に避けると、僕に向かって剣を構えた騎士が、他の騎士たちに号令を出す。


「このような少年に構っている暇はない! お前たちは先に行け! ここは私が引きつける!」


 どうやら僕は、この人に引きつけられてしまうらしい。


 でも、構わないよ。


 頭領とシアノさんは、もう逃げたから。


 ならず者たちの居城であるこの町の、暗くてゴミの散らばった路地は、いわば彼らの独壇場だ。身綺麗な騎士の足では到底追いつけないだろう。


 そんなこともわからずに、目の前のやつ以外は散り散りになって闇夜に消えていった。


「きみは、なぜ我々の邪魔をする?」


「よくわかりません」


「……ナメているのか?」


「そんなつもりじゃないです。ただ僕は、あの人たちに捕まって欲しくないと、個人的にそう思った。それだけです。さて、ただ酒場で飲んでいただけの民間人である僕を、あなたはどうするつもりなんですか?」


「ゲスツィアーノ様の元へ連れ帰る」


(……は?)


「盗人に逃げられ、ゲスツィアーノ様は大層ご立腹だ。貴重な鉱石や薬品は持ち去られ、実験のために確保していた奴隷には皆逃げられた。せめてここで健康な被験体のひとりでも確保せねば、次は我らが檻の中……実験に使われるハメになる」


 僕は、異世界をちょっとナメていたようだ。


(ああ、うわぁ……この異世界……)


 無垢な少年の憧れになるような、偉大な魔術師様が、裏ではそんなことをしている世界なわけ?


「はは……ウソだろ?」


 本当だとしたら。

 なんて救いようのない。


「すまないな。これも、生きるためなんだ……」


 そう言って、騎士は僕に向かって剣を振り下ろした。僕は咄嗟に目をつむりかけて、「それじゃあダメだ!」と思い、騎士の手首をしっかりと見据えて捕まえた。


「そう言われて、のこのこ命さしだす奴が、どこにいるんだよ……!!」


「!?」


「あああああッ……!」


 僕はその日。

 初めて人を刺してしまった。

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