第5話 初めてのお酒
僕らは、数日滞在していたこの廃れた宿場町を明日にでも発つことにした。
なぜここまで、僕らが捕まらずに逃げおおせたのか。それは多分、この町が地図にも載っていないような、いい感じに廃れた町だったからだろう。
この町で数日も暮らせば、クレシアスの護衛の装備がそこらの兵よりかなり上等なものだったということが嫌でもわかる。
騎士団所属なのか、貴族の私兵なのかはわからないが、ある程度統制のとれた組織に属しているからこそ、『地図に載っていないと』追いかけきれないのだと思われた。
(このまま、地図に名のない町を転々として目的地を目指す……だったら、ならず者の人たちとは積極的に関わっていくべきなんだろうな)
むしろ、それしかあてがない。
最後の情報収集を――と思い、未成年だからと敬遠していた酒場に、僕は足を踏みいれた。
もちろん、愛璃は宿屋で留守番だ。
こんなガヤガヤしていてうるさい、赤ら顔のおっさんだらけの空間に愛璃を放り込んでみろ。下卑た視線とナンパの言葉を浴びせられるのがせいぜい。「情報が欲しい」などと口にすれば、見返りに何を要求されるかわかったもんじゃない。
僕はそれを、行商人のおじさんの態度から学んだ。結果、あの人はいい人だったみたいだけど、この世界じゃああの手のやり取りは日常茶飯事なんだなぁ、と。
僕は、店で買える唯一のノンアルコールらしき飲み物、アップルダイザーを注文してカウンターに腰掛ける。
店内の喧騒に耳を澄ませ、情報を得られそうな客はいないかと様子を伺っていると、ふと背後から豪快な笑い声が聞こえた。
「おいおい、シアノぉ! おめぇも十五でいい年なんだからよぉ、そろそろ彼氏のひとりでも……!」
「やめてくださいよ頭領! 俺らのアイドルシアノちゃんになんてこと言ってくれてるんスか!?」
「だってよぉ、俺はこいつが六つのときから親父代わりみてぇなもんなんだぜ? 俺らみてぇなハグレもんの集まり、いつ騎士団にしょっぴかれるかわからねぇってのに。これが心配しないでいられるかぁ!?」
「頭領、落ち着いて……飲み過ぎだよ。私はそっちのが心配。私の彼氏や捕まることよりも、肝臓の方を心配してよ」
「そっすよぉ! シアノちゃんが間に受けて、彼氏作っちゃったらどうするんスかぁ!?」
「シアノちゃん、彼氏なら俺が! 俺がするよ!」
「いや俺だ! 俺の方がてめぇなんかよりよっぽど剣の腕が立つ! ちなみに下の方の剣もな!」
「ちょ、何言って……!」
「赤くなったシアノちゃんもかぁ〜わいい〜! ヒュー!」
「あぁーん? おめえらみたいなバカでめでてぇ奴らに、俺のシアノをやるわけねぇだろうが!」
「「ちげぇねぇ! がはは!」」
(ああ、これだから酒場は。愛璃を置いてきたのは大正解……)
見るからにならず者の一団といった感じ。
あんな中でアイドル扱いされている美人なあの子が可哀想に思えなくもないが。存外彼女は楽しそうに、口元を押さえてころころと笑みを浮かべている。
(まぁ、彼女にとっては家族みたいなもの……なのかな?)
「俺はなぁ、シアノにはてめぇらなんかより、もっと頭のよくて優しい、カタギの旦那を……」
呆れ顔で様子を眺めていると、一際ガタイの大きい頭領が、僕に視線を向けた。
獲物を見つけた虎のような眼光に、思わず身がすくむ。
「そうそう! あんな感じの!」
(えっ……僕?)
「うはは! いいところに転がってたなぁ! カタギの旦那! ひょろっこいけど、い〜い感じの優男じゃねぇかぁ!」
嫌な予感に席を立つも、がしっ! と肩を組まれて、もう逃げられない。
「あ、あの、僕はここらでお暇を……」
「しけたこと言ってんじゃねぇよ! おめぇも飲め飲め、シアノの旦那ぁ! ちょうどでっけぇ仕事が終わったとこでよぉ、今はサイコーの気分なんだ! 俺の奢りだ、たぁーんと食え!」
そういって、ぐい、と頬にジャッキを押しつけられる。
(ダメだこの人……)
酒臭っっ!!
……じゃなくて。
完全に酔ってる!!
「おらっ。オラオラっ!」
押しつけられる度にジョッキの中身がちゃぷちゃぷ揺れて、ビールっぽいものが顔にかかる。
(あぁ〜〜っ! もう!!)
こうなりゃヤケだ、ヤケ。
「いただきます! その代わり、僕にあなたの武勇伝(この世界での生き残り方)を聞かせてくださいねっ!!」
僕は押しつけられたジョッキを、勢いよく飲み干した。
「ヒュ〜! いくらでも聞いてけくそ坊主〜!」
「うっはは! 頭領の話は始まると長ぇぞ〜!」
「いい飲みっぷりだなぁ、おい! ジョッキ追加だぁ! 皆も飲め〜!」
「「ウェーイ!!!!」」
それから数十分後。
(お? あれ? あれれ?)
僕らはすっかり仲良くなっていた。
頭領とシアノを中心に、卓を囲んでどんちゃん騒ぎ。頭領の横でちびちびとカクテルを飲むシアノの隣に腰掛けさせられて、僕はすすめられるままに酒を飲んだ。飲まされた。
ふわふわしてて、なんだかいい気分になってくる。お酒は初めてだけど、悪くないなぁ。むしろ好きかも。
「おーい、こいつすげぇぞ! ザルだザル! むしろ沼なんじゃねぇのか!?」
「ダメだ……この俺が、こんなもやし坊主にショットで負けるなんて……!」
「おーい! 樽が空いちまった! 店員のねーちゃん、追加でワイン頼むぜぇ!」
「あ。私は甘めのやつがいいな」
未成年飲酒? 知るかそんなの。そもそもこの世界の未成年って何歳だよ。年下っぽいシアノも飲んでるぞ。
「字が読めねぇ? んなこた気にするんじゃねぇ! ウチの組にだって、文字の読めねぇ奴なんざごまんといる。でも、こうして美味い飯囲んで酒飲んで、笑ってりゃあなんも変わらねぇのよ! ほら、もっと食え!」
「あ。ご飯は結構です。胃がお酒でいっぱいだから」
「コイツ! まだ正気を保ってるぞ!?」
「ありえねぇ! しかもまだ飲む気だ!」
「ギャハハ! もっとやれ〜!」
(あ。なんか楽しい、かも……?)
異世界に来てから、はじめてそう思った。
愛璃との同居生活に不謹慎ながらもどきどきしていたのは事実だが、こんな純粋に、楽しいと感じたのは初めてかもしれない。
気がつけば、僕は彼らのことを一瞬で好きになっていた。
不思議だよなぁ。
酒場に来たときは、「うるさくて嫌な集団だなぁ」くらいにしか思っていなかったのに。
これも人の縁か。
そんなことを考えていると、突如として酒場の扉が乱雑に開かれる。
「ジョン=ゴリアーティだな!? 二級魔術師、ゲスツィアーノ邸への不法侵入、窃盗および器物損壊の容疑で逮捕する! おとなしくしろ!」
「なっ……! もう来たのか!? おいおい、街七つ分は離れてんぞ……!?」
「ゲスツィアーノ様の追尾魔法をナメるな! その他の組員もこの場で確保する!」
反論する間もなく、駆けつけた数名の騎士によってジョン頭領の部下たちは容赦なく切りつけらていく。
精鋭揃いなのだろう、騎士たちの腕前がよすぎたこともあるが、皆酔っ払っていたせいでなす術もなく捕らえられてしまった。
「サブさん!?」
「ダメだシアノちゃん、こっちに来るな! 俺のこたぁいい、できるだけ遠くに頭領と逃げるんだ! 頭領! あんたの腕なら、べろんべろんでもシアノちゃんひとりくらい抱えて逃げられるだろ!?」
「バカ野郎っ! ンなことできるわけねぇだろうが!!」
「足の腱が切れてる。俺ぁもうダメだ。頼む、頼むよ……あんたがシアノちゃんを守ってくれ! シアノちゃんは、俺たちの希望なんだよ……!」
そういって、サブさんは斬られた足を押さえてうずくまる。
僕の脳裏には、にこにこと懐っこい笑顔で、僕のお皿に肉をたくさん乗せてくれたサブさんの笑顔が浮かぶ。
(……あ。あっちの、血だらけで倒れている人は……)
『未成年んん? んだそりゃ。そんなルール誰が決めたんだ? それよか、もやしっこ! みみっちぃこと言ってねぇでお前も飲めよ! 飲んだらぱーっと楽しくなるぜ! 嫌なことなんて忘れちまえ!』
(サブさん、ルルザさん、モリーさん……!)
ついさっき出会って、話したばかりの人たちだ。
たった一瞬。束の間だったかもしれない。
でも、それでも、この人たちは……
この世界に来てから、はじめて僕に「楽しい」と思わせてくれた……
僕は、怪我をした人たちと騎士の間に割って入った。
「逃げてください! 頭領、シアノさん。動ける人を連れて逃げて!」
「なっ……もやしっ子!?」
「僕は窃盗の罪を着せられていない。僕はただ、ここで飲んでいただけの民間人。余罪も……多分、大丈夫だから……」
「余罪!? そんな理屈、こいつらに通用すると思っているの!? 公務執行妨害とかいって、牢屋にぶち込まれて適当な罪をでっちあげられて、首切られんのがオチよ!」
うん。
やっぱりそういう感じなんだな、異世界。
すげー理不尽。暴政を感じる。
あの、クズ上司の鏡みたいなクレシアスが貴族っぽいことからして、そうなんじゃないかとは思っていたけどさ。
でも……
それで「はい、そうですか」って引き下がれる人間だったら、僕はこんなところで情報収集のためにお酒なんて飲んでないし、さっきの『楽しい。ありがとう』って気持ちをなかったことにしてしまったら、僕の心のなにかが死んでしまう気がする。
「……ッ。いいから……走れ!!」
僕にできるのは、せめて「これといった罪がなく、手が出せない民間人」として、ここで時間を稼ぐことくらいだ……!
「あなた達は……僕が逃す」
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