第148話 思い出の詰まった部屋
これ以降、過去のシーンはありません。
回想はしますが、時間軸は全て現在です。
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夜になって、予定通り私の成人を祝うパーティーが催された。
義父母と義弟妹、使用人たちに囲まれて、祝われる。
セオと一緒に旅に出るまで、私は一人で勝手に、殻に閉じこもっていた。
小規模だけれど、パーティーなんてほぼ初めての経験だ。
その上、今日は主役である。身内だけとはいえ、みんなの注目を浴びるのが恥ずかしくて、照れくさい。
それにしても、こんな風にみんなに祝ってもらえる日が来るなんて、一年前は想像もしていなかった。
――みんなに祝ってもらうことがこんなに嬉しいものだったなんて。
義弟妹の誕生日パーティーにも、花を注文してバースデーカードを贈るだけで、参加していなかったのに――寂しい思いをさせてしまっていたなあと、今になって後悔する。
私は義弟と義妹に向き合って、素直に謝罪を述べた。
義弟は「僕たちの誕生日は社交シーズン中でタウンハウスで祝ってたし、お義姉様はマナーハウスにいたのだから、仕方ないと思ってたよ」と。
義妹には「来年の私の誕生日パーティーに参加してくれたら許す、ただしカッコいいお義兄さんを連れて来てね」とおねだりされた。
義妹の言葉に、セオの誕生日にあった出来事を思い出して、私は苦笑いする。
来年は一緒にお祝い出来るだろうか。
聖王国では、どんな誕生日パーティーをするのかな。
人間だけじゃなく、精霊や妖精たちも遊びに来るんだろうか。
夜も更けて、パーティーはお開きになった。
真っ白な月が、灯りの消えた室内を照らしている。
義父母と義弟妹が社交のためにマナーハウスを離れて王都に向かうのは、例年通りだったら来月だ。
しかし今年は、私が
デビュタント・ボールは社交シーズンの一番最初に開かれる舞踏会であり、主役であるデビュタントは、何かと準備することが多い。
そのため、今日の誕生日パーティーが終わった後で、早めに王都のタウンハウスに移動することになっている。
荷造りを終えたトランクに、殺風景になった部屋。
もしもセオが約束通り迎えに来てくれるならば、この部屋に戻ってくることは、もうないかもしれない。
セオと出会ったあの日。
セオが魔法の家を出したのは、あの辺りだった。
浴室では初めて妖精のアワダマを見て、びっくりしたっけ。
それから、熱を出した私を看病してくれた。
突然いなくなって驚いたこともあった。
「自分と関わると不幸になる」と苦しそうに言ったセオを、抱きしめた。
それから……
幼馴染のエドワードから、私を守ってくれた。
それに。
『天空樹』の元から戻ってきて、光を失った私に、ずっと寄り添って手を握ってくれていた。
たくさんの思い出が、この部屋には詰まっている。
私はカーテンを引いて、ベッドに入る。
澄んだ金色の瞳が優しく細まり、近付いてくる光景が浮かんでくる。
――けれど目を開くと、世界はまだ、色を失ったまま。
幸せな気持ちと、寂しい気持ちと、少しずつ大きくなってくる不安を胸に抱いて、私は眠りに落ちた。
それから数日後。
私はファブロ王国の王都に到着した。
ただし、義母と義弟妹はまだマナーハウスにいる。
タウンハウスに来ているのは、義父と私、そしてエレナの三人だけだ。
私の準備のため、先にマナーハウスを出発し、タウンハウスに滞在することになったのである。
「エレナ。トマスやイザベラと離れて、私についてきてもらって、良かったの?」
「ええ、もちろんですよ。そもそも私が王国に来たのだって、お嬢様のお母上、アリサ様のためなんですから。エレナにとっては、トマスよりイザベラより、お嬢様のデビュタントの方が大切です」
「まあ、そんなことを言ったらトマスとイザベラが可哀想よ」
「あらあら、お嬢様、心配して下さるのですか? 大丈夫です、トマスもわかっていますよ。トマスだってついて来ようと思えば来られたのに、子爵家が大切だからマナーハウスにいるんです。イザベラもそう。やりたいことがあるから、領地に残ったんですよ。あたしたちはそういう家族なんです」
一緒にいるだけが家族の形ではない。
きっと、確かな信頼関係が、エレナたちにはあるのだろう。
離れていても、絆は繋がっているのだ。
「でも、寂しいでしょう?」
「あはは、むしろ
「ふふ」
「……お嬢様。ところで――」
そう言うエレナは実際楽しそうで、寂しそうには到底見えなかった。
が、突然、エレナの表情が真剣なものに変わる。
「――それはそうとして、お輿入れの際には、エレナを侍女として連れて行っていただけませんか?」
「え?」
「知らない場所に嫁いでいくのは、本当に大変でございますよ。エレナは、アリサ様が大変な思いをされてきたのをずっと見てきました。セオ様に相談できないことも出てくるでしょうし、気心の知れた者を置いておいた方がいいでしょう。エレナはこう見えても聖王国の事情にもある程度詳しいですし」
「……その気持ちは嬉しいけど――」
「実は、トマスとイザベラ、それからご主人様からもご承諾いただいているのですよ」
私が断ろうとしたのを遮って、エレナはこれが『決定事項』だとはっきり告げる。
聖王国に行ってしまえば、ロイド子爵領にはほとんど戻って来られなくなる――私は、エレナがこの道を選んだことに、衝撃を受けた。
「エレナ……いつの間に……」
「荷造りだってしてきたんですよ。準備万端です」
「……、ありがとう。エレナがいてくれたら、本当に心強いわ」
「はい、エレナがいれば百人力ですからね。お任せください」
おどけて笑うエレナの心は、もう随分前から決まっていたようだ。
思ってもいなかった心強い味方に、私はぽかぽかとあたたかい気持ちになったのだった。
私がタウンハウスに移動してから、セオとの手紙のやり取りは、ぱったりと止まってしまった。
タンポポの妖精も姿を見せないため、こちらからセオに手紙を送ることも出来ない。もしかしたら、この家の場所がわからなくて、妖精が迷子になっているのかもしれない。
王国と聖王国の国交が回復したから、普通のルートで手紙を送ることも出来なくはない。
しかし、聖王城あてに個人的な手紙を送ったら、途中で役人に開封され、安全かどうかのチェックが入るだろう。
セオの迷惑になることは目に見えているし、知らない人にセオへの手紙を読まれるのは、どうしても嫌だった。
聖王国からは特段変わったニュースも入ってこないし、無事には違いないだろうが、忙しすぎて体調を崩したりしていないか、心配だった。
さらに心配なのは、やはり私の『色』がどうやってもこれ以上戻らないことだ。
精霊の樹のことも気にかかるが――このまま巫女としての力が戻らなかったら、私は、ただの子爵令嬢だ。
『巫女』ではない私は、セオに釣り合わない。
手紙が届かないからセオに相談できない、というのは、ある意味ちょうど良かったとも思えてしまって、自己嫌悪に陥った。
そしてセオの状況もわからず、私の『色』も戻らず――
ついに、デビュタント・ボールの当日を迎えてしまったのだった。
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