第148話  思い出の詰まった部屋


 

 これ以降、過去のシーンはありません。

 回想はしますが、時間軸は全て現在です。


********



 夜になって、予定通り私の成人を祝うパーティーが催された。

 義父母と義弟妹、使用人たちに囲まれて、祝われる。


 セオと一緒に旅に出るまで、私は一人で勝手に、殻に閉じこもっていた。

 小規模だけれど、パーティーなんてほぼ初めての経験だ。

 その上、今日は主役である。身内だけとはいえ、みんなの注目を浴びるのが恥ずかしくて、照れくさい。



 それにしても、こんな風にみんなに祝ってもらえる日が来るなんて、一年前は想像もしていなかった。

 ――みんなに祝ってもらうことがこんなに嬉しいものだったなんて。

 義弟妹の誕生日パーティーにも、花を注文してバースデーカードを贈るだけで、参加していなかったのに――寂しい思いをさせてしまっていたなあと、今になって後悔する。


 私は義弟と義妹に向き合って、素直に謝罪を述べた。

 義弟は「僕たちの誕生日は社交シーズン中でタウンハウスで祝ってたし、お義姉様はマナーハウスにいたのだから、仕方ないと思ってたよ」と。

 義妹には「来年の私の誕生日パーティーに参加してくれたら許す、ただしカッコいいお義兄さんを連れて来てね」とおねだりされた。


 義妹の言葉に、セオの誕生日にあった出来事を思い出して、私は苦笑いする。

 来年は一緒にお祝い出来るだろうか。

 聖王国では、どんな誕生日パーティーをするのかな。

 人間だけじゃなく、精霊や妖精たちも遊びに来るんだろうか。



 夜も更けて、パーティーはお開きになった。

 真っ白な月が、灯りの消えた室内を照らしている。


 義父母と義弟妹が社交のためにマナーハウスを離れて王都に向かうのは、例年通りだったら来月だ。

 しかし今年は、私が新成人デビュタントを迎える年。

 デビュタント・ボールは社交シーズンの一番最初に開かれる舞踏会であり、主役であるデビュタントは、何かと準備することが多い。

 そのため、今日の誕生日パーティーが終わった後で、早めに王都のタウンハウスに移動することになっている。


 荷造りを終えたトランクに、殺風景になった部屋。

 もしもセオが約束通り迎えに来てくれるならば、この部屋に戻ってくることは、もうないかもしれない。



 セオと出会ったあの日。


 セオが魔法の家を出したのは、あの辺りだった。

 浴室では初めて妖精のアワダマを見て、びっくりしたっけ。

 それから、熱を出した私を看病してくれた。

 突然いなくなって驚いたこともあった。


 「自分と関わると不幸になる」と苦しそうに言ったセオを、抱きしめた。

 聖夜の街ノエルタウンから帰ってきた後は、倉庫の秘密を探りに行って、持ち出した日記や手紙をこの部屋で読んだ。


 それから……時間遡行タイムリープした私を信じて、暗闇から救い出してくれた。

 幼馴染のエドワードから、私を守ってくれた。


 それに。

 『天空樹』の元から戻ってきて、光を失った私に、ずっと寄り添って手を握ってくれていた。


 たくさんの思い出が、この部屋には詰まっている。



 私はカーテンを引いて、ベッドに入る。

 澄んだ金色の瞳が優しく細まり、近付いてくる光景が浮かんでくる。

 ――けれど目を開くと、世界はまだ、色を失ったまま。

 幸せな気持ちと、寂しい気持ちと、少しずつ大きくなってくる不安を胸に抱いて、私は眠りに落ちた。






 それから数日後。

 私はファブロ王国の王都に到着した。


 ただし、義母と義弟妹はまだマナーハウスにいる。

 タウンハウスに来ているのは、義父と私、そしてエレナの三人だけだ。

 私の準備のため、先にマナーハウスを出発し、タウンハウスに滞在することになったのである。


「エレナ。トマスやイザベラと離れて、私についてきてもらって、良かったの?」


「ええ、もちろんですよ。そもそも私が王国に来たのだって、お嬢様のお母上、アリサ様のためなんですから。エレナにとっては、トマスよりイザベラより、お嬢様のデビュタントの方が大切です」


「まあ、そんなことを言ったらトマスとイザベラが可哀想よ」


「あらあら、お嬢様、心配して下さるのですか? 大丈夫です、トマスもわかっていますよ。トマスだってついて来ようと思えば来られたのに、子爵家が大切だからマナーハウスにいるんです。イザベラもそう。やりたいことがあるから、領地に残ったんですよ。あたしたちはそういう家族なんです」


 一緒にいるだけが家族の形ではない。

 きっと、確かな信頼関係が、エレナたちにはあるのだろう。

 離れていても、絆は繋がっているのだ。


「でも、寂しいでしょう?」


「あはは、むしろ清々せいせいしますよ。たまにはこうやって羽を伸ばさなくちゃ」


「ふふ」


「……お嬢様。ところで――」


 そう言うエレナは実際楽しそうで、寂しそうには到底見えなかった。

 が、突然、エレナの表情が真剣なものに変わる。


「――それはそうとして、お輿入れの際には、エレナを侍女として連れて行っていただけませんか?」


「え?」


「知らない場所に嫁いでいくのは、本当に大変でございますよ。エレナは、アリサ様が大変な思いをされてきたのをずっと見てきました。セオ様に相談できないことも出てくるでしょうし、気心の知れた者を置いておいた方がいいでしょう。エレナはこう見えても聖王国の事情にもある程度詳しいですし」


「……その気持ちは嬉しいけど――」


「実は、トマスとイザベラ、それからご主人様からもご承諾いただいているのですよ」


 私が断ろうとしたのを遮って、エレナはこれが『決定事項』だとはっきり告げる。

 聖王国に行ってしまえば、ロイド子爵領にはほとんど戻って来られなくなる――私は、エレナがこの道を選んだことに、衝撃を受けた。


「エレナ……いつの間に……」


「荷造りだってしてきたんですよ。準備万端です」


「……、ありがとう。エレナがいてくれたら、本当に心強いわ」


「はい、エレナがいれば百人力ですからね。お任せください」


 おどけて笑うエレナの心は、もう随分前から決まっていたようだ。

 思ってもいなかった心強い味方に、私はぽかぽかとあたたかい気持ちになったのだった。





 私がタウンハウスに移動してから、セオとの手紙のやり取りは、ぱったりと止まってしまった。


 タンポポの妖精も姿を見せないため、こちらからセオに手紙を送ることも出来ない。もしかしたら、この家の場所がわからなくて、妖精が迷子になっているのかもしれない。


 王国と聖王国の国交が回復したから、普通のルートで手紙を送ることも出来なくはない。

 しかし、聖王城あてに個人的な手紙を送ったら、途中で役人に開封され、安全かどうかのチェックが入るだろう。

 セオの迷惑になることは目に見えているし、知らない人にセオへの手紙を読まれるのは、どうしても嫌だった。


 聖王国からは特段変わったニュースも入ってこないし、無事には違いないだろうが、忙しすぎて体調を崩したりしていないか、心配だった。



 さらに心配なのは、やはり私の『色』がどうやってもこれ以上戻らないことだ。

 精霊の樹のことも気にかかるが――このまま巫女としての力が戻らなかったら、私は、ただの子爵令嬢だ。


 『巫女』ではない私は、セオに釣り合わない。


 手紙が届かないからセオに相談できない、というのは、ある意味ちょうど良かったとも思えてしまって、自己嫌悪に陥った。




 そしてセオの状況もわからず、私の『色』も戻らず――

 ついに、デビュタント・ボールの当日を迎えてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る