第128話 ソフィアの手紙・後編
本日、二話投稿しております。
前回の続き、ソフィアの手紙の後半部分です。
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それから――
とても心苦しいのですが、パステルちゃんが大きくなったら、モック渓谷の『天空樹』に『巫女』の力を注いでもらえるよう、頼んでほしいのです。
パステルちゃんには申し訳ないけれど、『天空樹』はもう精霊の力がカラカラになっているはず。
『天空樹』が力を取り戻すためには、樹に付きっきりで、何年も、何十年もかかるかもしれません。
それに、懸念もあります。
力がカラカラになっているということは、その分、『巫女』の魂に大きな負担がかかる。
もしかしたら魂が傷付き、色を失うだけではなく、記憶や感情が壊れてしまうかもしれない。
魂が傷付かないようにする方法を模索していたのだけど、見つけた方法が上手くいくかどうか、正直、自信がありません。
上手くいけば良いのだけれど。
親友の子であり、私自身も大切に思っている子にこんな重いものを背負わせてしまうことになるなんて……。
アリサは、「どのみちソフィアに救われた命だから」と言っていましたが、やり切れません。
あの時は、こんなことになるとは思わなかったの。
本当に申し訳なく思います。
私も『神子』としての力を振り絞って、最後の最後まで手を尽くします。
絶対に何か方法を見つけてみせるわ。
セオにも、お願いがあります。
聖王国の『世界樹』は、三つの樹の中でも中心的な役割を果たしている、一番大切な樹です。
『天空樹』『大海樹』が巫女の力だけを必要とするのに対して、『世界樹』は精霊の管理者たる聖王家の血筋の魔力も、必要としています。
聖王国の王族は血筋を絶やさず、強い魔力と加護を受け継ぎ、『世界樹』に力を注がなくてはならない――これはお父様もご存じですね。
ジェイコブ陛下が崩御した後――現状ではまだまだ健在だと思いますが――強い加護を持つ王族は、セオ、ただ一人です。
皆いなくなってしまったし、
マクシミリアン様の子供たちだけでは、一年も持たずに破綻してしまうと思います。
そうなれば、セオは『世界樹』を守る聖王家の一員として、聖王都を長く離れることが出来なくなります。
『天空樹』の元に縛られることになるパステルちゃんと同じく、セオも『世界樹』のある聖王都に閉じ込めてしまうことになる……本当に、心苦しいです。
けれど、このままでは、精霊や魔法、妖精たちの緩やかな衰退に繋がっていく。
だから、お父様、セオ、そしてパステルちゃん、お願いです。
ジェイコブ陛下を、止めて下さい。
マクシミリアン様を、説得して下さい。
ハルモニアさんを、エルフの森に帰してあげて。
そして、どうか三つの樹を、あるべき状態に戻してほしいのです。
お父様。
セオには、聖王都を離れずセオを支えてくれる、素敵なお嫁さんを見つけてあげて下さいね。
王家の血筋を絶やす訳にはいきませんし、セオが幸せになれるよう、私の代わりに見守ってあげて下さい。
パステルちゃんには、デイビッドさんが素敵な縁談を用意しているみたいです。
パステルちゃんが成人したら分かるようになっているのだそうですよ。
二歳年上で、身分もしっかりした、素敵なお相手です。
彼なら、もしパステルちゃんの魂に何か起きたとしても、絶対に守ってくれます。
何と言っても――いえ、まだ言えないのでした。
きっと驚くと思いますよ。
しばらくは『天空樹』のために
『天空樹』に力が届くギリギリの場所――
これが、私からのせめてもの罪滅ぼしです。
最後に。
お父様、先立つ不幸をお許し下さい。
優しくて強くて格好いいお父様、尊敬していました。
大好きです。
それから、セオに伝えて下さい。
友として、幼馴染として、それまで必ずパステルちゃんを守ってあげてね、と。
そして、世界で一番愛している、と。
お願いです、どうか世界を、精霊たちを守って。
そしてどうかお元気で、幸せに暮らして下さい。
ソフィア・エーデルシュタインより 愛をこめて』
*
私は、ソフィアの書いた手紙をそっと閉じる。
――魂が、傷付くかもしれない。
そして、セオとは離れ離れに……。
セオは、このことで悩んでいたんだ。
魂が傷付く……セオとの思い出も、この想いも、消えてしまうのだろうか。
ソフィアが何か方法を見つけてくれたようだが、実際どうなるのかは、その時にならないと分からない。
もうひとつ。
私が成人するまで婚約を結んではいけないという父の遺言は、義父が考えた理由とは違っていた。
――私が利用されないようにするためではない。
用意していた縁談のためだったんだ。
セオは聖王都で。
私は王国で。
それぞれ、役目を果たさなくてはならないのだ。
この手紙を全て信ずるならば、私がセオと一緒にいられる未来は――ない。
こらえていた涙が、つう、と落ちる。
――どうすればいいの?
ソフィア様、撤回しようと思っていたのはどの部分なのですか?
そう問いかけるも、私の心に眠るはずのソフィアの声は、聞こえなかった。
流れる涙を、セオが優しく拭ってくれる。
その表情は暗く沈んでいて、セオの方こそ今にも泣き出しそうだった。
離れたくない。
忘れたくない。
そう思うのと同時に、この想いを忘れられるはずがない、とも感じる。
心の奥底まで刻み込まれた深い想いは、完全に消えることなんて、きっとない。
――けれど、どちらかというと、セオの方が辛いだろう。
私の記憶が消えてしまっても、セオの想いも、記憶も、消えることはないのだから。
だからセオは、私を避けていたんだ。
いつか離れることになるかもしれない、しかも思い出すら消えてしまうのかもしれないと思いながら一緒にいるのは、辛いから。
「……嬢ちゃん。セオ」
フレッドが、穏やかに声をかける。
「今、ワシらで色々と調べているところなんじゃ。もう少し……、あと一手なんじゃ。それまで、ワシらを信じて待ってはくれんかのう?」
「……お祖父様は、何をしようとしてるの?」
「ハルモニアをマクシミリアンから解放し、『大海樹』を任せる。そして、調香の巫女をフローラから別の人間に継がせ、『世界樹』もしくは『天空樹』を任せる。そこまでは、上手くいきそうなんじゃ。じゃが――」
フレッドは、眉間に皺を寄せて大きなため息をつく。
「ソフィアがどんな方法で『天空樹』に力を注ぐ巫女の魂を守ろうとしたのか、それが分からんのじゃ。魂が傷付く可能性があるのに、パステル嬢ちゃんや新たな調香の巫女に丸投げして任せる訳にはいかんからのう。
ソフィアが取る方法……考えられるとすれば、手紙に書いてあったように、第七の大精霊絡みだと思うんじゃが……」
フレッドは顎に手を当て、私とセオを交互に見る。
きっとこれまでにもかなり手を尽くしてくれたのだろう。
その困り切った表情は、打つ手なし、と私たちに訴えかけてくる。
「魔女には一度尋ねたんじゃ。しかし、魔女にはよく分からんようじゃった。あとは大精霊本人に聞いてみるしかないのう」
その言葉を最後に、部屋に沈黙が落ちる。
それを見計らったように発言をしたのは、ファブロ王国の王太子、ヒューゴだった。
「……すまない、発言してもいいだろうか」
ヒューゴはどこか申し訳ないような、気まずい様子で皆を見渡す。
皆が無言で頷くのを見て、ヒューゴは少し考えるようにしながら、口を開いた。
「その……パステル嬢に用意された縁談だが。――相手は、私なのだ」
突然の爆弾発言に、全員の視線がヒューゴに向く。
部屋中の驚愕を集めながら、ヒューゴは、ことの
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