第127話 ソフィアの手紙・前編



 私とセオが城に戻った、翌日。

 城の応接室に、私たちは集まっていた。


 この王国の王太子ヒューゴ、護衛のカイと黒猫の妖精ノラ。


 聖王国の使節として滞在している、フレッド、セオ、そして私。


 帝国の皇女メーアは、久々にドレス姿だ。事件が解決したため、陰で動き回る必要がなくなり、侍女の扮装が不要になったのである。

 フローラを捕らえた一昨日以降は、正式に帝国の皇女として王城に滞在しているそうだ。



 昨日、アイリスはそのまま地下牢に収容された。

 一度「鷲獅子グリフォンちゃん、来て」と叫んだものの、ドラコが痛めつけたからか、鷲獅子グリフォンが現れることはなかった。

 だが、魔物を城に呼ばれたら困るので、アイリスは常に猿轡さるぐつわを噛まされることになったらしい。

 自業自得である。


 また、ヒューゴは、魔女を城へ招聘しょうへいするよう手配していた。

 マチルダが凍らせ続けていた小さな棺桶とフローラの件、そして私たちの探している第七の精霊の件、他にも聞きたいことがあるとのことだ。

 ちなみに小さな棺桶は、水の精霊の神子であるメーアの協力により、氷の魔法を重ねがけしてもらっている。



 各々の持っていた情報の擦り合わせが終わり、魔女が城に来るまでの間。

 私は、ついに例の手紙を見せてもらえることになった。

 ソフィアが十二年前に、父親であるフレッド宛に書き残した手紙である。


 フレッドが眉間に皺を寄せながら、静かに差し出すその手紙を、私は震える手で受け取る。

 皆が見守る中、私はその手紙をゆっくりと開いていく――





『フレデリックお父様へ


 お父様、ごきげんよう。

 スローライフは充分満喫できましたか?


 お父様がいなくなってからの聖王国は、表面上は平和です。

 けれど、ジェイコブ陛下は、その大きな野心を捨てることが出来ず、息子のマクシミリアン様と一緒に水面下で動き回っています。


 二人の望みは、大陸にある三国を統一すること。

 マクシミリアン様は何を考えているか分からないところがあるのだけれど、ジェイコブ陛下は、どうやら自分が大陸全体の覇権を握るために動いているようなのです。

 そのために、ジェイコブ陛下は『巫女』を集めています。


 お父様は、『巫女』がどんな役割を持って存在しているのか、ご存じですか?




 神子は精霊界の窓口、巫女は人間界の窓口。


 風の精霊は、端的にそう教えてくれました。


 お父様もご存じの通り、神子は精霊が選びます。

 力を引き出すのも、いつどのように使うのかも、神子の自由。

 精霊が神子に力を貸す気がなくても、神子自身の魔力が続く限り、精霊の力をいつでも制限なく引き出すことが出来ます。

 すなわち、『神子』は精霊の恵みを人間たちにもたらす存在です。



 そして、巫女は人間が選ぶということもご存じでしょう。

 巫女の力を引き継ぐ方法は、二つあります。

 一つは、巫女自らが望んで次代に力を引き継ぐ場合。

 もう一つは、力を引き継がずに命を散らした場合。

 後者の場合は、巫女が命ある間に関わりを持った人間のうち、もっとも相応しい一人に次代の巫女を引き継ぎます。


 巫女の力は、神子と異なり、代償を伴います。

 『虹』なら色、『旋律』なら言葉、『調香』なら視覚と聴覚を除いた多くの感覚。

 引き出せる力もそれぞれ違いますが、共通しているのは、一つの精霊に留まらず、複数の精霊や妖精、神子たちの間で魔力を巡らせることが出来るという点です。

 その特性が、大陸全体の魔力を浄化する役割を持っていることは、ご存じでしたか?

 すなわち、『巫女』は人間が選び、精霊と神子の魔力を循環させ、人間たちに滞りなく恵みを届ける存在です。



 それから、もう一つ分かったことがあります。

 それは、巫女のあるべき場所――先に述べた、大陸全体の魔力を浄化する上で大切な樹が、三つあるのです。


 大地の恵み、聖王都の『世界樹』。

 海の恵み、ベルメール帝国の海に根を張る、エルフの森の『大海樹』。

 空の恵み、崖山クリフ・マウンテン中腹の空との境目、モック渓谷の『天空樹』。



 数十年前までは、世界の魔力バランスは整っていました。


 大地の恵み、聖王都にはお祖母様――『虹』。

 海の恵み、エルフの森にはハルモニアさんのお母様――『旋律』。

 空の恵み、モック渓谷のふもとにはフローラの先々代の巫女――『調香』。


 詳しいことは分かりませんが、バランスの崩壊は、『調香』が山を離れたことから始まったのです。

 その後、『旋律』がジェイコブ陛下に連れ去られ、聖王国に全ての巫女が集まりました。



 『巫女』は、あるべき場所を長く離れてはいけない――ひとつの場所に長く集まっていてはいけないのです。

 聖王都で魔石が取れなくなったのも、人の前に姿を見せてくれる精霊や妖精が減ったのも、『巫女』がうまく機能していないのが原因でしょう。




 ジェイコブ陛下は、『巫女』が全て聖王国に集まれば、聖王国の恵みが更に豊かになるとでも思ったのでしょう。

 世界樹の力が増し、他の二樹の力を削ぐことになると。

 そうすれば、他国の力が弱化し、聖王国が大陸の覇権を取れるのではないかと――。


 けれど先程述べたように、精霊にとって大切なのは、バランス。

 一部を豊かにしようだなんて、本来無理な話です。


 それよりも、あるべき場所に『巫女』を帰してあげるべきではないかと思っています。

 ハルモニアさんも、いつかはエルフの森に帰してあげたいですが――今は、私の力ではどうすることも出来ません。

 『調香』のフローラさんも、マクシミリアン様と離れたがらないでしょうから――そうなると、『虹』の私がモック渓谷にしばらく滞在出来れば良いのですが……セオが大きくなるまでは難しいでしょうね。



 ところで、お父様も、アイリスのことは知っていますね?

 私の従兄弟いとこ、マクシミリアン様の娘です。

 ジェイコブ陛下もマクシミリアン様も、私がこの世を去れば、アイリスの名を持つ彼女に『虹』が継承されると思っているでしょう。


 実際は、お父様も見ていたあの時、私が直接名前と祝福を与えたパステルちゃんに『虹』が継承されるはずです。

 けれどジェイコブ陛下はそれを知らない。

 扱いやすいアイリスに力を継承させるため、そして邪魔者を消すために、私はいずれ命を狙われると思います。


 お父様。お願いです。

 私がいなくなった後、ジェイコブ陛下は『虹』の行方が分からなくなるでしょう。

 そうなったら、お父様とセオが、アリサやデイビッドさんと協力して、パステルちゃんをジェイコブ陛下から守って欲しいのです。

 アリサたちには、私が狙われるであろうことも、パステルちゃんが『虹』を継承するであろうことも、伝えてあります。

 この手紙もアリサから受け取っていることでしょうから、書かなくてもお分かりでしょうけれど、一応ね。


 それから――



(つづく)


********


 中途半端で申し訳ありませんが、長くなってしまったので一旦切ります。

 続きもこの後すぐに投稿します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る