第83話 「無礼な闖入者」
ガシャァァアン!
『――動くな!!』
地の精霊レアと話をしていると、扉の外から突如大きな金属音と複数の人間の足音、そして怒号が聞こえてきたのだった。
私が驚いて身を固くしていると、横からすっと手が伸びてくる。
セオは、私を安心させるように手を繋ぎ、口元で人差し指を立てて、静かにするよう促した。
私も声や物音を出さないように、静かに頷く。
後ろから光が溢れてきたことに気付き、そちらを見ると、レアの額にある宝石が眩い光を放っていた。
オレンジ色の宝石から映像が投影され、壁に映し出される。
そこに映っていたのは、武装した集団に囲まれた、フレッドたちの姿だった。
最前列にはイーストウッド侯爵が立ち、フレッドとししまるがその後ろに。
一番後ろには、青ざめて震えている公爵夫人と、震えながらも夫人を左右から支えている侯爵家の使用人の姿が映っている。
床には壊れたランタンが転がっていた。
先ほどの大きな音は、侯爵家の使用人がランタンを落とした音だったのだろう。
『騎士団が、我々に何の用で?』
イーストウッド侯爵が、剣を向けられながらも冷静に問いかける。
『この場所は、立ち入り禁止です。許可なく立ち入った者を捕らえよとのご命令です』
一際立派な鎧を着ている騎士が、そう返答した。
口調こそ丁寧だが、態度は非常に威圧的だ。
イーストウッド侯爵も、眉を
『許可なく? それは言いがかりではないか? 私はイーストウッド侯爵家の当主。この区域に立ち入る権利を有している』
『侯爵家の皆様は構いません。我々はそこの男のことを申しております』
騎士も、一歩たりとも退く様子はない。
後ろの騎士たちも、剣を納めるつもりはなさそうだ。
『このお方は私の同行者だ。問題はないと思うが』
『問題かどうか決めるのは我々ではありません。その男については審問会にかける必要があります』
『これまで同行者が問題になった例は、一度たりともない筈だ』
『同行者の素性を明かさずここまで侵入を許した例も一度もありません。さあ、その男を引き渡して下さい』
先頭の騎士がそう言うと、剣を抜いて後ろに控えていた騎士たちが一歩ずつ前に出る。
イーストウッド侯爵は、それに屈することなく、不快感をさらに強めた。
声を低くし、青筋を立てながら睨みをきかせている。
『――私が信じられないと?』
『ご無礼を承知で申し上げています。ですが、それを決めるのも我々ではないのです。聖王陛下が御不在ゆえ、大神官
『それは――』
フレッドが、前に一歩進み出て、イーストウッド侯爵の肩に手を置いた。
『良い。ワシが関係者であることを明かせば良いのだろう』
フレッドは、顔を覆っていたヴェールを脱ぐ。
騎士たちは、途端にざわつき始め、全員急いで剣を納めたのだった。
『フ、フレデリック殿下!? 生きておられたので!?』
『大神官に伝えるが良い。ワシはまだボケとらん。騎士の案内がなくとも、城までの道ぐらい覚えとる。ちゃんと行くから美味い酒でも用意して待っとれ、とな』
『し、承知致しました』
『ああそうそう。ワシはワインよりウイスキー派じゃ。そうじゃな、最近耳にした噂なんじゃが、大神官が秘蔵しておる四十四年ものの美酒は、実に複雑で奥深い味わいじゃと聞いておるぞ――水晶がしっかり憶えておった』
『――?』
『とにかく、そのまま伝えてくれれば良い。大神官には伝わるはずじゃ。今夜にでも城に行くから、久々に二人で呑むぞと伝えてくれ』
『承知致しましたっ! 度重なる無礼を働き、申し訳ございませんでした!』
騎士たちはものすごい勢いで頭を下げ、そそくさと退出していったのだった。
映像は、そこで途切れた。
レアが、映像の投影をやめたのだ。
「もう行ったみたいだよ〜」
「……今の人たちは?」
「聖王国の騎士たちだ。今は聖王陛下が不在だから、大神官猊下の管理下にあるはず」
「大神官様が、騎士を? 聖王国では、神殿にそんな強い権力があるの?」
「普通は、ない。けど、十数年前にお祖父様が行方知れずになってから、急に大神殿の権力が強くなった」
聖王国の闇は、かなり深くまで根を張っていそうだ。
フレッドはどうするつもりなのだろう。
一人で城に向かうつもりなのだろうか?
城にはメーアも滞在しているとはいえ、危険ではないだろうか。
「ねえ、二人とも。さっき言ったお願い、覚えてる〜?」
「はい、もちろんです。お祖父様を支えるようにと」
「そうそう〜。その話で、ひとつ知っておいてほしいことがあるんだよ〜」
レアは、セオの目をじっと見つめると、話を切り出した。
「あのね、さっきも言ったけど、神子が怒りや憎しみに囚われて力を振るうと、精霊は魔物化してしまうんだよ〜。
だからこそソフィアは手間をかけてセオの感情を封印したんだよ〜。わかる〜?」
「……僕が、復讐に囚われると思ったから?」
「そうだよ〜。その当時はいかに純粋だったとしても、セオはあまりにも幼なかった。どのようにでも成長する未来があったんだよ〜。
周りの環境がああだったから、そのままだと憎しみや怒りに任せて精霊の力を悪用してしまう可能性が高かったんだよ〜。
それに、セオは生命を狙われる身だったよね〜。だから、セオの感情がないのは一石二鳥だったんだよ〜。
ソフィアは、
「……母上……」
「けど、もう大丈夫〜。君たちは守るべきものを見つけたみたいだからね〜。
その感情があれば、君たちはもう憎しみや怒りだけに囚われることはないはずだよ〜。その絆は、何よりも強い力になるよ〜。忘れないでね〜」
「はい」
「復讐は、負の連鎖しか生まないんだよ〜。フレッドが、それに囚われてしまわないよう、気をつけてあげてね〜。
それから、今のフレッドにとって、最後の心の拠り所は、君たちなんだよ〜。当然、君たちの安全が一番大切だから、決して無理はしないでね〜」
「――はい」
「長くなってごめんね〜。また無礼な
「はい。地の精霊様、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「いいよいいよ〜。またね〜」
レアが前足をフリフリすると、黒曜石の扉が開いていく。
扉をくぐると、全員の視線がこちらを向いた。
「おお、戻ったか」
フレッドは再びヴェールを身につけている。
侯爵夫人はまだ青い顔をしていたが、震えはなんとか治まったようだ。
ししまるが、ぴょんぴょんとボールを跳ねさせながら近寄ってきて、私の腕の中に飛び込む。
「パステルお姉さん、セオお兄さん、おかえりー」
「ただいま」
セオが横から手を伸ばしてししまるを撫でてやると、ししまるは気持ち良さそうに目を細めた。
「さあ、帰るぞい」
フレッドは、何事もなかったかのように歩き出す。
だが、痛みを伴うほどヒリヒリした空気が、全員の足取りを重くしていた。
そしてその夜。
フレッドは宣言通り、ひとり聖王城へと向かったのだった。
レアと約束を交わしたばかりなのに、待つことしか出来ないのがもどかしい。
聖王城には味方のメーアやハルモニア王妃もいるが、大神官や、何を考えているのか分からないアルバート王子も待っている。
国交を断絶しているはずのファブロ王国を訪問している、聖王と王女。
九年前、私たちの両親と戦った、ファブロ王国の王族と、当時の聖王国の王族の関係。
そして、聖王不在の城で実権を握っている、大神官。
――事態は、新たな局面へと向かっているのだった。
〜第五章 終〜
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ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
そして、いつも温かいご声援ありがとうございます!
第六章は、三月下旬に開始致します。
面白い、続きが気になる、と思っていただけましたら、お星様でご評価いただけると嬉しいです。
第六章頑張って書いてますので、また読みに来て下さいねー!
それでは失礼致します♪
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