第82話 「『見当違い』の復讐」◆


 森の中、唯一残されていた細い道。

 『私』とセオは、しっかりと手を繋いで、歩いていく。


 道の先には藍色のもやがかかっていて、出口が見えず、不安になる。

 ふと振り返ると、通ってきた道も靄に覆われて、見えなくなっていた。


「ねえ、セオ、こっちで大丈夫なんだよね……?」


「だ、大丈夫だと思うんだけど……」


「そう、だよね……?」


 『私』もセオも不安になり始めたその時。


「ほっほっほ、大丈夫、合ってるぜ」


「えっ!? 誰!?」


 突然聞こえてきた男性の声に、『私』は飛び上がってセオに抱きつく。


 声のした方を向くと、派手な洋服に、同色のナイトキャップをかぶった老人が立っていた。

 老人は立派な髭を蓄えた優しい風貌だが、何故かキラキラ輝いている。


「ほっほっほう、俺はクロース。セオ、お前の母親に頼まれて迎えに来たぞ」


「お母様に? お母様は今どこにいるの?」


「うーん、今はちょっと取り込み中でな。俺の仕事は、お前ら二人を森の外まで連れてって、に気付かれないよう、無事に国に帰すことだ」


「『奴』って……?」


「ああ、火の魔法を使う奴でな。見当違いのことを吹き込まれ、復讐に身を焦がしてる哀れな奴よ。今は地の精霊が手を貸してるが、相性が悪そうだ。防戦一方だな」


「まさか、お母様たちが戦ってるの?」


「ああ。水と風はここを死守するために使っちまったし、闇は森自体に認識阻害をかけるために使ってる。光の俺はここにいるし、火は呼び出せない。ソフィアに残るカードは少ないな」


「そんな……!」


「助けなきゃ! お母様たちはどこにいるの!?」


「駄目だ。教えねぇ」


「どうして!? 教えてよ!」


「そうだよ! せめて、助けを呼ばないと――」


「駄目だ!」


 クロースは、大きな声で遮った。

 ピリピリと、辺りの空気が震える。

 『私』は、クロースも悔しそうに顔を歪めていることに気が付いた。


「いいか。ソフィアたちの望みは、お前らを生かすことだ。お前らが今すべきことは、とにかく安全な所に逃げて隠れることなんだよ。わかったらさっさと進め」


 クロースの気迫に、『私』とセオはすっかり縮み上がってしまった。

 身体は震えているし、涙は今にも落ちてきてしまいそうだ。


 それでも『私』たちはクロースの先導に、ただ黙ってついて行くしかなかったのだった。



 長い長い一本道を抜けると、視界がパッと開けた。

 振り返ると、藍色の靄が森全体を包み込み、森ごと消え去ってしまったのだった。


「森が、消えた……」


「闇の精霊の力で、見えなくなってるだけだ。魔法が解けたら、また森が見えるようになる。その前に馬車まで逃げろ」


 クロースが手を一振りすると、『私』たちの目の前にキラキラと輝く光の道が現れた。

 薄く輝く光の道は、花咲く野原を横切って、遥か遠くまで真っ直ぐに伸びていく。


「いいか、この道を真っ直ぐ行け。ただし、光のしるべが続くのはソフィアの力が保つ間だけだ。迷子になる前に、急いで行けよ」


「……はい」


「あの……ありがとう、クロースさん」


「いいってことよ。良い子にしてろよ。そしたらいつかお前らにも祝福プレゼントを届けに行ってやる」


「うん。じゃあね、クロースさん」


「またね」


「おう」


 『私』たちは、クロースに背を向けて走り出した。

 



 『私』とセオが走り出して、しばらく経った頃。


「はぁっ、はぁ……えっ!?」


 突然立ち止まったセオにつられるように、『私』は立ち止まる。


「み、道が消える……?」


 光の道標が、足元からすうっと静かに消えていく。

 セオは後ろを振り返った。


「ね、ねえ、森が……!」


 『私』はセオの視線を追う。

 今まで何もなかった場所に、突然小さな森が姿を現したのだった。


「魔法が、解けたんだ……」


「急がなきゃ……!」


 『私』と目を合わせて頷いたセオの顔には、恐怖の表情が色濃く現れていた。

 しかし、立ち止まる訳にはいかない。


 『私』は再びセオの手を取り、先程まで光の道が続いていた方向に、走り出したのだった。


 

***



 私たちは、過去の世界から戻ってきた。


 この後は、水の神殿で見た記憶に繋がっていくのだろう。

 走って、空を飛ぼうと試みて、必死に逃げて、エレナの元に辿り着いたその時――空から虹の橋が降りてきたのである。


 そしてソフィアは私とセオに最後の時間を与えて、私に『虹の巫女』を継承させ、『色』と記憶を封じた。

 さらに心の繋がり、魔力の繋がりを介して、私の『色』と共にセオの感情を封じたのだ。



「火の魔法……復讐……?」


 セオの震える声に、私は意識を引き戻した。


「火の精霊……? 『見当違い』の復讐……もしかして、それが原因で魔物化……?」


「うん、流石に気付いたよね〜。光の精霊、話しすぎなんだよ〜」


「――僕たちの両親を手にかけたのは、ファブロ王国の王族なんですね?」


「…………そうだよ〜」


「僕、犯人はマクシミリアン陛下か、ジェイコブ前陛下だと思ってた」


「……まあ、関わってないとは言えないよ〜」


「――どういうことですか?」


「実行犯は確かに火の精霊の神子だけど……原因を作ったのは、聖王国の王族だよ〜」


「それってつまり――」


 ガシャァァアン!


『――動くな!!』


 その時。

 突如大きな金属音と、複数の人間の足音、そして怒号が辺りに響き渡ったのだった。

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