第62話 「好きだよ」
玄関の近くまで来ると、セオはぴたりと足を止めた。
そこには、予想通りエドと子分たちが待機していて、私とセオを取り囲んだのだった。
繋いだ手を離すと、セオはその手で私をしっかりと抱き寄せる。
私がセオの服をきゅっと掴むと、私を安心させるように、抱き寄せる腕に少しだけ力が込められた。
「よおパステル。さっきはよくもコケにしてくれたなあ?」
「……エド……」
……本当に来た。来なければ助かったのに。
けれど、家族のためにも将来の禍根は
今もそう。こうしてセオを傷つけようとしている。それに、私だって、幼少期から散々嫌な思いをしてきた。全部許せるほど、私の心は広くない。
私は、感情を表に出さないように注意しながら、硬い声でエドの断罪を始めた。
「エド……いえ、エドワード。どうしてこんなことするの?」
「ふん、ソイツが気に入らないからに決まってんだろ。昔から決まってたんだよ、次のロイド子爵になるのは俺だってな! 引きこもりのお前も駒として役立ってもらうはずだったのによぉ、今更外に出ていかれちゃあ困るんだよ!」
「……この武装した人たちを集めたのも、エドワード、あなたなの?」
「ふん、そうさ。持つべきものは
エドは、油断しきっていたようだ。迂闊すぎる。……それでも、今までの私だったら何も出来なかっただろうが、今の私はもうエドなんかに負けない。
隣で私を抱き寄せているセオにそっと目配せをすると、小さく頷いてくれた。
その温もりに勇気をもらうと、私は大きく息を吸い、門の方へ向かって声を張り上げる。
「聞いたわよね、衛兵! この人たち、
「なにっ!?」
「話は聞いた! エドワード、そしてその仲間たちを現行犯で捕縛、連行する!」
私の声を聞いて、正門からわらわらと衛兵たちが突入してきた。
その人数こそエドワードたちの半分程ではあるが、彼らはしっかりと訓練された正規の衛兵である。
素早い動きで、あっという間にエドワードたちを無力化していった。
「……っはぁ!? いつの間に衛兵を呼んだんだよ!? さっきまではいなかっただろ!?」
「お前たちが領主に対するテロ行為を計画していると、触れ込みがあったのだ。そしてたった今、確かにこの耳で
「あぁん!? 誰か裏切ったな!? おい、誰の仕業だ!?」
「ごちゃごちゃ抜かすな! さあ、さっさと詰所まで来てもらおうか」
「くそ……っ! 俺様を誰だと思ってるんだ! こんなこと、許されると……っ」
「お前こそ、そちらの御方を誰だと思ってるんだ、商人風情が! さっさと歩かんと、気絶させて引きずっていくぞ」
もちろん、衛兵に触れ込みを出したのは私たちだ。フレッドのコテージからこの家に戻るまでの間に、街にある詰所に寄り道をしたのである。
こうしてエドとその仲間たちは、柱の陰に潜んでいた者も含めて、一人残らず衛兵の詰所に連れて行かれたのだった。
「……良かった、今度こそ、セオを守り抜いたわ……」
私は玄関をくぐった先、エントランスホールで、安心して思わず力が抜けて座り込んでしまった。
「パステル……本当に、ありがとう。怖い思いをさせて、本当にごめんね」
私はセオが差し出してくれた手を取って、なんとか立ち上がる。
「ううん。このぐらい、なんてことないわ。セオがいないとダメなのは、私も一緒なの」
私はそのまま、セオの手を両手で包み込む。瞼を閉じると、熱を出して苦しそうに眠るセオの姿が、思い出される。
今回は起こらなかった、過去の幻を振り切って、私は目を開く。
セオが、生きている。
目が合えば、見つめ返してくれる。
それだけで、勇気をもらえる。
「……私、前回、トマスにされた質問の答えが、やっと分かったかもしれない」
「……聞いても、いい?」
「私には、覚悟が足りなかったんだよね。いつか離れる時が来るかもしれないけれど、今だけでもセオと一緒にいられればそれだけでいいって、思ってたの。でも、それじゃダメだった。トマスは、私の迷いを見抜いたんだわ」
「うん」
「今回、セオが死んじゃうかもしれないって思って、本当に本当に怖かったの。セオがいない世界で私が生きていく意味なんてないって、本気で思ったわ。リスクを承知で闇の精霊と契約してしまうほど、必死だった。それぐらいセオのこと、好きになってたの……」
「……うん」
「だから私、どこか遠い所じゃなくて、セオの隣でセオを守りたい。セオが私を守りたいって言ってくれたのと同じように。それに今回、セオは私を信じてくれて、私の選択を尊重してくれた。そして、私を闇から救い出してくれたわ。私、それでやっと、セオがどれだけ私を大切に想ってくれているか……気が付いたの」
「……パステル」
「一緒に、歩いてくれる? もう迷わないし、もう誰にも譲らない。私は、セオの隣で、セオと同じ景色を見て、セオと一緒に生きていきたいの」
「……パステル……、ありがとう」
セオは、嬉しそうに目を細めて、笑った。私の手を取ったまま、セオはその場に跪く。
「改めて、伝えたいんだ。今回の僕は、君の婚約者じゃなかったみたいだから」
「えっ!? そ、それは、でも、記憶はもう戻って……ひゃ!?」
手の甲に柔らかい口付けが降ってきて、私は変な声を出してしまった。
セオの触れた場所が、燃えるように熱い。
「パステル。僕と、結婚して下さい」
「セオ……」
優しく澄んだ金色の瞳。今は、不安に揺れてはいない。自信に満ちた真っ直ぐな光が、私だけを映していた。
空のように透き通った心で、言葉で。
紡がれたその一言は、今度こそ、確かな絆を繋ぐ。
まるで雨上がりの空にかかる虹のように。
「――はい。よろしくお願いします」
「……! ありがとう」
端正なその顔が、一瞬で喜び一色に染まる。
セオは身を起こすと、ふわりと私を包み込んだ。
「……前回の約束も、これで無し、だね」
「え? 約束……?」
「……その、必要なくなったら、って話」
「あ、あれは……その……」
「パステルを突き放すなんて、絶対にしない。しないけど、そんな約束が残ってるのは、嫌だったんだ」
「……うん。そう、だよね。……ごめん」
ぎゅう、と私を抱く腕に力がこもる。耳元で、甘い声が囁く。
「一生、大切にする。パステルは、僕の光だから」
「セオ……」
「――パステル、好きだよ」
「――――!」
耳元で囁かれ、全身が粟立つ。
セオは腕の力を少しだけ緩める。
美しい顔が、正面から私を覗き込む。
金色に輝くその瞳には、確かな熱が宿っていた。
セオが、私の頬に手を添える。
少しずつ近づいてくるその距離に、私はゆっくりと目を閉じ――
ガチャン!!
食器が割れる大きな音と、偶然通りがかったのであろうイザベラの小さな悲鳴が真横から聞こえ、私たちは慌てて身体を離したのだった。
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