第二章 青

第20話 「水の精霊のみもとへ」



〜第二章 青〜



 私の名は、パステル・ロイド。

 虹色の髪を持つ、ファブロ王国の子爵令嬢である。


 幼少の頃から色の判別が出来なかった私は、白黒の世界で生きてきた。

 だが、風の精霊アエーラスに会ったことで、緑色が判別出来るようになった。


 他の大精霊、すなわち地水火光闇の精霊に会うことが出来れば、私は他の色も取り戻すことができる。

 ただし、色と共に封じられていた『危険な記憶』も自分の元に戻ってくることになるのだという。



 隣にいる絶世の美少年は、セオ。

 ある日突然、私の目の前に現れた。

 いきなり空から降ってきたのだ。


 セオは感情を持たない不思議な少年であり、風の精霊ラスの加護を受けた『空の神子みこ』。

 セオの感情は私の記憶と関係があるらしく、私の眼の色が戻ると同時に、セオも感情を取り戻していくのだと、ラスは推測している。




 私とセオは、フレッドの住む森のコテージを訪れていた。


 フレッドは、立派なあごひげのある大柄な老人だ。

 セオの祖父なのだが、かたや儚げな美少年、かたや熊のような偉丈夫で、似ても似つかない。


 私たちは、フレッドに六大精霊について何か知らないか、尋ねていた。


「ああ、地の精霊と水の精霊の居場所なら知っとるぞ。だが、今は地の精霊の方はちょいと難しいのう」


「そうなのですか?」


「うむ。正確には『地の神殿』のある場所がまずいんじゃよ。こないだセオが捕まったばかりじゃから、何の対策もなく近寄るのはのう」


「え? こないだセオが捕まったのは、地の精霊がらみだったの?」


 私は驚いて、セオの方を見た。

 セオが何者かに捕まり、石の牢に囚われていたのは記憶に新しい。

 当のセオは無表情のまま。


「場所はそっちの方だけど、あの時呼んでたのは地の精霊じゃない。巫女みこのひとりだ」


「巫女って、何人もいるの?」


「僕も詳しくは知らないけど、そうみたい。同じように、神子も精霊によっては何人もいたり、一人もいなかったりする」


「そうなんだ」


 風の精霊であるラスは、神子は精霊側の窓口、巫女は人間側の窓口だと言っていた。

 彼らは、一体どういう役割を担っているのだろうか。

 私は知らないことが多すぎる。


 フレッドは咳払いをして、一度話を区切った。

 話が脱線しかかっていたようだ。


「まあ、詳しい事情は話すと長くなるが……とにかく、地の精霊のいるエーデルシュタイン聖王国に向かうのはまずいじゃろう。今は別の精霊を当たった方がいいのう」


「なら、水の精霊だね。お祖父様、居場所を知ってるの?」


「ベルメール帝国じゃよ。水の精霊の神子に協力してもらうのが良いじゃろう」


「水の精霊の神子……」


「うむ。『海の神子』はセオも知っておるじゃろう。思い出したかの? じゃが、協力を仰ぐのはちと面倒じゃな。あとは、帝都の教会にいる神官長が『川の神子』じゃぞ」


 ベルメール帝国は、私の生まれ育ったファブロ王国の南に位置する。

 帝国は、王国よりも圧倒的に広い国土を持つ大国だ。


 ちなみに、地の精霊がいるというエーデルシュタイン聖王国は、ファブロ王国の北に位置する。 


 だが、そんな大国の都ともなると、かなり人口も多く栄えているはずだ。

 私は虹色の髪が好奇の目に晒されるのが嫌で、人目を避けて暮らしてきた。

 ファブロ王国の王都にも行ったことがないのに、それより大きな街に行くだなんて……不安しかない。


「帝都……、人が多そうですね……」


 私は思わず渋い顔をして、フレッドとセオの会話を遮るような形で呟いてしまった。

 フレッドとセオの視線がこちらに向くのを感じ、私は駄々をこねているみたいで申し訳ない気持ちになる。


 だが、フレッドは私を安心させるように、明るい声で話し出した。


「まあ、大国の都じゃからな。じゃが、人が多いということは、皆いちいち他人のことを気にしないということでもある。そんなに心配ないと思うぞ」


 フレッドの隣で、セオも頷いている。


「帝都には人がたくさんいる。店もたくさんある」


「うむ。賑わっていて楽しいぞい。道行く人は皆、露店やなんかを見て回るのに忙しいしのう」


「そう……ですよね。ごめんなさい」


 私が謝ると、フレッドは優しく微笑んだ。

 かと思うと、何か閃いたかのように指をぴんと立てて話し始める。


「そういえば帝都は特に海鮮料理が有名でな。魚の香草焼きにフリッター、貝の酒蒸しも美味いんじゃよ……よし、決めた、今回はワシも保護者としてついて行くぞい」


「お祖父様、いいの?」


「いいに決まっとる。おぬしらだけじゃあ心配でおちおち眠れもしないわい。それにやっぱり魚介……いや何でもないぞい」


「フレッドさん……ありがとうございます」


「そうとなったら準備じゃ準備。嬢ちゃんも、一度家に帰ってきちんと外出許可を取った方がいいのう」


「……そうですね、わかりました。ありがとうございます」




 私は一度セオと共にロイド子爵家に戻り、帝都に向かう準備を整えた。

 使用人のエレナに、友人とその祖父と共に帝都に向かうと伝え、フレッドがしたためた手紙を渡す。

 エレナは心配そうにしていたが、封筒に書かれているフレッドのサインを見ると一瞬目を丸くし、中身を見るまでもなく外出を了承してくれたのだった。


「準備はいい?」


「うん。行きましょう……水の精霊のみもとへ」


 そうして私とセオは、フレッドと合流して帝都へ向かったのであった。




 帝都ベルメールは、海に面した港町である。

 その中心部にはベルメール帝国の皇城があり、国名と同じベルメールの名を持つ大都市だ。

 大きな運河もあり、内陸部や外国とも、船を利用した交易が盛んに行われている。


 フレッドの言った通り、漁業が盛んであるほか、塩や香草、オリーブ、トマト、レモンなどの生産・栽培も積極的に行われており、食の宝庫として観光客にも人気の街である。



 私たちはセオの風魔法で、帝都近くの丘陵まで飛んできていた。


 本来なら正式な手続きを踏んで入国しなくてはならないはずなのだが、今回は問題ない。

 私とセオがロイド子爵家に戻っている間に、フレッドがきちんと書類を整えてくれていたのだ。

 あの短時間で一体どうやって用意したのかは謎なのだが、正式な書類であることを示す封蝋ふうろう印璽いんじも施されていた。


 ちなみに印璽とは、貴族がそれぞれ固有の物を所有している、家ごとに決まったサインのようなものである。

 フレッドか、もしくは彼が書類を依頼した誰かが貴族家の一員なのだろう。


 封筒に施された印璽は、以前どこかで目にした記憶があるのだが、思い出すことは出来なかった。



「ふぅ、相変わらず便利じゃのう、風魔法は」


「お祖父様の土魔法も便利。あの魔法の家は特に役立つ」


「え、もしかして前にセオが使ってた、小さくなったり大きくなったりする魔法の家? あれってフレッドさんの魔法なんですか?」


 セオが、手乗りサイズの小さな家を魔法で大きくし、その中で寝泊まりしていたのは記憶に新しい。

 簡単に持ち運べて可愛らしい上に、中はちゃんとした造りになっていて、私は感激したのだった。


「ああ、土魔法はそういう細工ものに向いとるからのう。あれは、石粉粘土で作ったドールハウスに土魔法を組み込んだんじゃよ。わしとしてはもっとカッコいいデザインが良かったんじゃが、却下されてのう。普通の家になってしまったわい」


「最初のデザインはひどかった。壁からトゲが出てくるとか、床が抜けるようになってるとか、隠し扉とか……さすがに住める家じゃなかった」


「はっはっは、カラクリ屋敷は男のロマンじゃよ」


「僕、そういうのよくわからない」



 小首を傾げているセオと、楽しげなフレッドの背後に広がる丘陵には、緑色の芝が一面に生い茂っていた。

 私にとっては灰色だけだった世界の半分を、今は緑色が埋め尽くしている。


 二人に背を向けて行く先を眺めると、丘陵の先に、港のある大きな街が見えた。

 更にその向こうには大海が広がっており、大小様々な形の船がいくつも浮かんでいる。


 少しベタつく、不思議な匂いの風が吹いてくる。

 書物や絵でしか海を見たことのない私は、海から吹いてくる風が陸風とこんなにも違うということを、初めて知ったのだった。



「さて、行くかのう。街の入り口で手続きをしたら、宿を取って食事に行くぞい」


 フレッドが私たちを先導して、丘陵をのんびりと下っていく。

 街が近づくにつれ、私は徐々に緊張してきた。


 私は屋敷から持ってきた、つばの広い帽子を深く被って、虹色の髪を念入りに隠すのであった。

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