第21話 「帝都ベルメールへ、ようこそ」



 私たちが丘陵をゆっくりと下っていくと、徐々に街道を歩く人々の姿が見え始めた。

 帝都の周囲には外壁が張り巡らされており、その外壁の上には所々に見張りの兵士が立っている。


 街の入り口には大きな扉があり、街に出入りする者たちが行列を作っていた。

 どうやらその扉の前で、身分証や許可証を確認しているようだ。


「こんにちは。旅行者の方ですか? 身分証と入都許可証をご提示願えますか?」


「うむ、これじゃ」


「はい、確かに。遠いところからご苦労様でした。帝都ベルメールへ、ようこそ」


 フレッドの用意した書類は、問題なく効力を発揮したようである。

 あっさりと身分確認が済み、私たちは帝都の中に足を踏み入れた。



 外壁を抜けると、目の前には、白亜の街並みが広がっていた。


 もしかしたら、正確には白ではなく、何か色が塗られているのかもしれない。

 だが、白に限りなく近いとは思う。色味が統一された街並みは、非常に美しい。


 通りは道幅が広く、馬車がすれ違ってもかなり余裕がある。


 街の入り口付近は、帝都のお土産を売っているお店やカフェ、簡単な食べ物を調理して売る露店などが立ち並んでいる。

 いい匂いに誘われて、次々に観光客が露店の方へと吸い寄せられていく。


 どの店も非常に賑わっているようだ。


「うーむ、久しぶりに来たが相変わらず賑やかじゃのう。腹が減ってきたぞい。だが先に宿じゃな、我慢我慢」


 フレッドは時折露店をチェックしながら、迷いなく大通りを歩いていく。

 私は髪を隠すために帽子をしっかり押さえて、辺りをうかがいながらフレッドについて行った。



 白亜の街をしばらく歩いていると、露店も減り、徐々に落ち着いた雰囲気になってきた。

 宿が立ち並ぶ区域に差し掛かったようだ。

 あちらこちらで、馬車から大きな荷物を下ろしている使用人の姿が見える。


 私は、ここまで道を歩いてきて、内心ものすごく驚いていた。

 道行く人が、誰も私たち一行に目を留めないのだ。


 私たちは、自分で言うのも何だが、かなり目立つ一行だと思う。

 一人は縦にも横にも大きい農夫スタイルの老人、一人はこの世のものとは思えないほど美しく儚げな少年、一人は大きな帽子を両手でおさえながら辺りを伺っている少女。目立たない方がおかしい。


 だが、この街の人たちは、他者のことに気を回す余裕もないようだ。

 フレッドの言った通りである。


 自分のことで精一杯なのか、露店などが出ていて街自体の魅力が高いからなのか、人が多すぎるからなのか。

 理由はわからないが、私にとっては拍子抜けするほど歩きやすかった。



 フレッドが空いている宿を取り、荷物を預けた頃には、もう夕方になっていた。


 私は朝から『風の神殿』を訪れ、その後もずっと動き回っていたので、すっかり疲れてしまっている。

 セオも、表情からはうかがい知ることは出来ないが、疲れているだろう。

 フレッドだけが元気である。


「教会に行って『川の神子』に会うのは、明日でいいじゃろう。今日はどこかで食事を取って、ゆっくりするとしよう」


「はい、そうしていただけると、ありがたいです……。あの、フレッドさん、今回の旅費なんですけど」


「ああ、それについては気にしなくていいぞい。こう見えてワシにもそこそこ蓄えがあるからのう」


「いえ、そういう訳には参りません。少しは持ってきているのですが、令嬢が大金を持って歩くのは危険だと使用人に止められまして。子爵家に戻ったら、しっかりお支払いします」


「はっはっは、じゃあそういうことにしておこうかの。気が向いたら受け取るわい」


「あの、その……」


「ほれ、それより嬢ちゃん、何が食べたい? ワシのおすすめはやっぱり海鮮料理じゃな。この街では新鮮な魚が獲れるから、生のまま薄切りにしてレモンやバジル、オリーブオイルなんかをかけて食べたりするんじゃよ。他の街では味わえないぞい」


「……えっと、じゃあ、その、フレッドさんのおすすめのお店で」


「よしきた! セオもいいかのう?」


「僕、なんでもいい」


「よしよし。屋台で買い食いもいいが、今は落ち着いて座れる店の方がいいのう。一度大通りに出るかな」


「ふふっ」


 フレッドの優しさと明るさに、私は自然と笑顔になっていた。

 楽しげに鼻歌を歌うフレッドの後について歩きながら、セオが私の顔を覗き込んでくる。


「パステル、今、楽しい? 来る前は、不安そうだったけど」


「うん。セオとフレッドさんのおかげだね」


「なら、良かった。でも、どうして不安だったの?」


「私ね、この髪のせいですごく目立つの。子爵領にいた時に、街で散々嫌な思いをしたから」


「目立つのが、嫌?」


「うん。私の髪、変な色でしょう。それで不気味だって言われたことがあったから、それ以来、人に見せるのが嫌で。街に出るとみんな私の髪を見て、こそこそ何か話して……馬鹿にしていたのよ」


 今思い出しても、嫌な気持ちになる。


 私の髪を不気味だと言った本人とはしばらく会っていないが、その後、義弟や義妹にも同じことを言われた。

 きっと皆同じように思うのだろう。


 あれから私は他人と会うのが嫌になった。

 好奇や侮蔑のこもった視線に晒されるのは、大嫌いだ。


「……僕、パステルの髪、綺麗だと思う」


「そんなこと……」


「他の人がどう感じるか、僕にはわからない。でも、僕はパステルの髪、綺麗だと思う」


「セオ……」


 私を真っ直ぐに見るセオの視線には、何一つ嫌な気持ちは込められていない。

 澄んだ美しい瞳が、私の瞳を覗き込んでいた。


「――ありがとう」


 他人がどう思おうが、大切な友達が綺麗だと思ってくれているなら、それでいいのかもしれない。

 だが、私はまだ、完璧に割り切れるほど大人でもないし、長い時間をかけて深くなっていた傷を癒せるほど単純でもなかった。


 それでも、セオの言葉は、私の心を大きく揺さぶったのであった。





 翌朝、私たちは帝都の教会を訪れていた。

 目的は、『川の神子』である神官長に会うことだ。


 普通の神官ならまだしも、神官長ともなると、すぐに会えるものでもないらしい。

 だが、今日は夕方になれば運良く時間が取れるとのことで、アポを取ることに成功した。


「夕方まで暇じゃから、観光でもするかのう。行きたいところはあるかい?」


「私は……海を近くで見てみたいです」


「僕も、パステルと一緒に行く」


「ふむ、なら浜辺の方に行ってみるかのう。浜通りで売っとる貝の串焼きは、身が分厚くて最高に美味いんじゃよ」


 フレッドは、昨日も今日も、とにかく美味しそうに食事を楽しんでいた。

 セオと私も食べ盛りの年代なのだが、フレッドは私たちの三倍は平らげている。

 昨日なんて、私たちが部屋に戻った後も一人で居酒屋に出かけて行ったらしい。



 私たちは、早速海の方へと向かった。


 フレッドは浜通りへ散策に行くということで、私はセオと二人で砂浜を散歩している。

 私は、初めて間近で見る海に、圧倒されていた。


「わぁ……」


「パステル、海は初めて?」


「うん。すごいね、どこまで続いているんだろうね」


「僕も、海の上は飛んだことないからわからない」


「ふふ。……ねえセオ、海は、青いの?」


「深くなるほど、濃い青。浅瀬は、緑がかった透き通った青」


「空も、青いのよね。きっと、綺麗なんだろうなあ……」


「……青が見えるようになったら、また、海に来よう」


「うん。その時は、一緒に来てくれる?」


 セオは、頷いた。

 ほんの少し目を細めて、優しげな顔をしている。

 私がセオに微笑みを向けると、セオは胸に手を当てて、ごく僅かに口角を上げた。


 ――その時。


「……セオ? もしかしてセオじゃない?」


 私の後ろから女性の声がして、セオは微笑みを消した。

 セオの視線が向いた先には、背の高い美しい女性が立っていたのだった。

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