第17話 「真実」

 


 ――痛みと引き換えに、私の眼に『色』を戻すことが出来る。


 ラスは、そう私に告げた。


「……『色』を戻す、とは……どういうことですか?」


「そのままの意味だよ。君の眼は、元々に見えていた」


「――え?」


 そのままの意味だと言われても、全然分からない。

 元々は普通だったのなら、何故私の眼は色を失ってしまったのだろうか。


「まあ、とはいえボクが預かっているのはだけ。全てが元通りになるためには、他の六大精霊にも会わないといけないよ。それに、みんな辺鄙へんぴな所にいるから、会える保証はない」


「六大精霊が、私の『色』を預かっているのですか? どうして?」


 ラスは、その猫目でじっと私を観察している。心の中を覗き見されているような、不思議な感覚だ。ラスは私が困惑しているのを、楽しんでいるようにも見える。


「……パステル、君さ、小さい頃の記憶が無いんじゃない?」


「ええ、確かに、今の両親に引き取られてからのことしか覚えていないですが……そういうものではないのですか?」


「くふふ、じゃあ確認してみる? セオ。四、五歳の時のこと、覚えてる?」


「朧げにだけど、覚えてる。忘れてることも多い。でも、きっかけがあれば思い出す。さっきも、パステルの言葉で思い出したことがある」


「え? 何のこと?」


「以前にも、パステルに言われた。セオを信じる、って」


「え? 言ったっけ?」


 セオは頷いた。先程、山の麓でそう言ったのは覚えているが……セオがうちに来てから今日までの間に、そういう会話をした覚えはあまりない。

 だが、セオの返答は予想外のものだった。


「言った。——十年ぐらい、前に」


「……私、セオと会ったことあるの?」


 セオは、再び頷いた。


「僕も、最初はパステルのこと、わからなかった。僕の初めての友達だったのに、名前すら、覚えてなかった。でも、僕の感情が、いつ以来かわからないぐらい久しぶりに動いて、それで……少しずつ、思い出した」


「セオと……子供の頃に会ってた? 私……?」


 私はそんなこと、全然、まったく、覚えていなかった。

 記憶をどうにかして探ろうとするが、出て来るのは今の家族と使用人の顔ばかり。

 それ以前のことは、どこをどうひっくり返しても出てこない。


 ラスは、容赦なく追い討ちをかける。

 口元には弧を描いたまま、私を試すように見据えながら。


「パステル。普通はきっかけさえあれば、ぼんやりとなら思い出せるものなんだよ。特に、大切な思い出は、頭の中で何度も反芻するからね。細部は違っても、欠片ぐらいは残ってるのさ。……まあ、セオは感情が動かない分、他の人間よりも子供の頃の記憶は多く残ってるみたいだけどね」


「私……私……」


 ――どうして、忘れてしまったんだろう。


 セオのことも、両親のことも、私は大切なことを何一つ覚えていない。

 虚しさと混乱と、申し訳なさで、視界が少しずつ歪んでゆく。


「ああ、泣くことじゃないよ。思い出せなくて当然なんだ。パステルの記憶は、今はパステルの中には存在しないからね」


「え……? どういう、事ですか……?」


「――思い出したい?」


「それは……勿論です」


「いい記憶ばかりじゃないし、辛い記憶の方が多いと思うけど。それでも?」


「……それでも、思い出したいです」


「へぇ」


 ラスの口元がさらに深い弧を描いていく。

 猫のような吊り目は、じっと私を見据え続けている。


「ここからは、セオもよく聞いて。ボクが知っている『真実』を伝えるよ」


 セオが、静かに頷く。

 空気が張り詰めて、痛いぐらいだ。


「まず、パステルの記憶は、今はパステルの中には存在しない。ボク達が預かってる『色』を器として、当時の『巫女みこ』によって封印されてる」


「巫女、とは何ですか……?」


「『巫女』は、『神子みこ』と対になる存在。まあ、簡単に言うと人間界の窓口が巫女で、精霊界の窓口が神子、ってとこかな」


「なら、その巫女様に会わなくてはいけないのですか?」


「いや、必要ない。というか当時の巫女はもうこの世にいないからね。まあ、それは一旦置いといて」


 ラスは、手のひらを上に向けて、その腕を伸ばす。

 その手には、の光が渦巻いている。


 ——私は、この色を、


「君がこの光を受け取れば、君の眼は緑色とそれに近い色を取り戻す。それと一緒に、一部の記憶が戻ってくる。さらに……これは推測だけど、セオの感情も、ほんの少し戻るはず」


「セオも……?」


「そう。君の失われた眼の色と、記憶。セオの失われた感情。互いに関係があるのさ。だからこそ、セオがパステルともう一度信頼関係を構築するまでは、パステルには事情を話さないようにと念を押したんだよ。軽々しく決めていいことじゃないしね。――でも」


 ラスは、くくっ、と笑って、続けた。セオは顎に手を当て、何やら考えている。


「フレッドのコテージで、君、セオのことでボクに怒ったでしょ? あれは、面白かったなあ。正直、そんなに早く心を許すとは思ってなかったよ」


 ラスは、先日のやり取りを思い出したのか、楽しそうに笑っている。


「——さあ、受け取るかい? それとも、やめとくかい?」


「……セオは、どうしたい?」


「パステルが、決めていい。僕は、感情が戻ることでどうなるのか、想像つかないから」


「……わかった」


 私は、その言葉で覚悟を決めた。


「その光——お受けします」


「二人は、痛みを……受け入れるんだね?」


「「はい」」


 私とセオは同時に返答した。


「……じゃあ、二人で一緒に、この光に触れるんだ」


 ラスは、緑色の光から手を離し、一歩下がる。

 私はセオと顔を見合わせ、頷きあった。


 私の右手と、セオの左手が緑色の光を包む。

 光が渦巻き、強い風が吹き荒れる。

 渦と化した風の外側から、ラスの声が遠く聞こえる——。



「当時の巫女がパステルの記憶とセオの感情を封印したのは、それが危険な記憶だったからさ。幼かった君たちが壊れてしまうような、ね。けど、君たちは充分成長した。これからは二人助け合って、自分達自身で過去を克服するんだよ。ボクの可愛い神子と、巫女——」

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