第14話 「ごめん」



 私とセオは、ロイド子爵家の近くまで空を飛び、上空で光を消して、扉の前まで降りて来ていた。

 ラスが来たのが庭に出ている時だったので、部屋の窓を閉めたままだったのだ。


 辺りはすっかり暗くなっていて、あまりよく見えない。


「セオ……やっぱり、屋敷の人と顔を合わせるのは、嫌?」


「……できれば、関わりたくない」


「わかった。なら、私が窓を開けたら、来てくれる?」


 セオが頷いたのを気配で確認し、私はポケットから鍵を出して、鍵穴を探す。

 暗くて見えないので、手であちこち触りながら鍵穴の場所を探り当てた。


 そこに鍵を差し込むのも、一苦労だ。

 位置や向きを調整して鍵を当てるが、中々入らない。


「パステル……大丈夫?」


「ん?」


「あまり見えてない?」


「あ……うん。暗いと、見えないんだ……」


 そう言うと、私の手にほんのりとした熱が、そっと重なった。

 セオは私の手を包んだまま、鍵を開けるのを手伝ってくれる。


「あ、ありがとう……」


「やっぱり、一緒に行く」


「でも……」


「一人じゃ、危ない」


「屋敷の中なら、灯りもついてるし、物の配置も分かってるから……大丈夫だよ」


「……ほんと?」


「うん、本当だよ。心配してくれて、ありがとう」


 ギイ、と扉を細く開けると、中から光が漏れ出てくる。

 ようやく見えるようになったセオの目を見て、安心させようと微笑んだ。


 ――その時。


「おかえりなさいませ」


 扉のすぐ内側で、一人の使用人が私の帰りを待っていたのだった。


 髪に白いものが混じりつつある、少しふくよかなその使用人は、ハウスメイドのエレナである。

 トマスの妻で、イザベラの母親でもある彼女は、トマスと同じく私の祖父が子爵だった頃からロイド家に仕えてくれている。


 エレナは、そのまま扉を大きく開いた。


 うっかりした。

 鍵もかかっていたし、まさか出迎えがあるなど予想もしていなかった。

 セオも身を隠す余裕がなく、その場に立ちすくんでいる。


「お嬢様、お客様も、中へどうぞ。トマスとイザベラは外しておりますので、お嬢様が男性と一緒にお帰りになったことは内緒にして差し上げますから」


 エレナは小声でそう言うと、悪戯っぽくウインクをした。

 セオは、私とエレナに交互に視線を向けている。


「僕は……」


「あら、あなた様は――」


「……あの、エレナ?」


 セオが口を開いた瞬間、エレナは驚いたようにセオを見つめる。

 私が声をかけると、エレナはすぐに頭を下げた。


「あらあら、まあまあ。エレナとしたことが、つい見とれてしまいました。失礼致しました」


「僕、やっぱりどこか宿を探しに――」


「いいえ、ご心配なさらずとも、こちらにお泊まりいただいて大丈夫ですよ、お客様」


「……出迎えがあるとは思ってなかったわ。ありがとう。あの……トマスとイザベラには……」


「ええ、内緒にしますよ。エレナは口が堅いので、ご安心下さい。さあ、どうぞ」


 エレナは、そう言って扉の中へ入るよう、再度促す。

 私がセオの方を向いて頷くと、セオは観念したのか、屋敷の中へ足を踏み入れた。


 エレナが扉を閉めて施錠している間に、セオは私に小声で話しかけてきた。


「パステル、どうして……?」


「ごめんね……でも、どっちみち見られてしまったのだもの、こうするのが一番いいわ。エレナは信頼出来るから、大丈夫よ」


 セオは、何が不安なのだろう。

 私と同じくから、他者と関わりたくないのだろうか?

 それとも、何か深い事情があるのか――セオはあまり説明してくれないから、深入りして良いのかどうかもわからない。


「お待たせ致しました。さあ、お客様、こちらへどうぞ」


 エレナは、玄関を施錠すると、客室の方向へと足を向けた。


「お食事はまだでいらっしゃいますか? もしよろしければ後ほど、お部屋までお運びしますよ」


「ええ、お願い」


「かしこまりました。しばらくの間、イザベラは別のエリアの掃除をさせますから、お好きなだけ滞在なさって下さいね」


「お心遣い、感謝します」


 セオがお礼を言うと、ちょうど客室に到着した。

 エレナは客室の扉を開け、灯りをつけると、挨拶をして下がって行く。


 下がる前にエレナと目が合った。

 彼女は楽しそうに目を輝かせていて、少し不安になったが、エレナは本当に口が堅いから、その点は大丈夫だろう。

 ただし、後で色々聞かれるであろうことは明白だ。



「セオ、ごめんね」


「いい。仕方ない」


「……セオ、前にも聞いたけど、どうして他の人と関わらないようにしてるの?」


「危険だから」


「危険? それはどういう……」


「僕、気付かないうちに人を傷つけてしまう。知らないうちに利用されて、お祖父様やラスの手を煩わせることもある。僕と関わると……不幸になる」



 ――やっぱり、セオも、

 私以上に、大きなものを。


 セオは、痛みを堪えるような顔をしている。

 明らかに歪んだその表情に、私は泣きたくなってしまう。



「セオ……」


「パステル、傷つけて、ごめん。関わって、ごめん」


「そんなこと、言わないで……!」


 私は、思わずセオを抱きしめていた。

 その表情は見えないが、少しだけ、身体が震えている。

 その背中をさすりながら、私は、震える声で話しかけた。


「セオ……、私、セオに会えて良かったよ。大丈夫、大丈夫だから……」


「パステル……?」


「泣かないで、セオ。そばにいて、どこにも行かないで……」


「……違う。泣いてるのは、パステルの方……」


 セオは、そう言って、背中をトントンと優しく叩いてくれる。

 辛いのはセオなのに、私が泣いてしまうなんて……。


 情けなくなってしまうが、一度泣いてしまうともう止まらず、私はセオの腕の中でしばらく泣いていたのだった。

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