6-3話
「神功皇后?」
皇后というからには、天皇の妻だろう。……倫子は学生時代の歴史の記憶をまさぐった。歴史、特に日本史は苦手だった。
アインシュタインに似た老人の
ダメだ!……思い出せないのでスマホを手にした。
「もうよい。労力の無駄じゃ。スクナビコナをおいていく。役に立つじゃろう」
彼が言うと、その背後からひとりの青年が現れた。身長はさほど高くないが、整った彫りの深い顔は中性的なマネキン人形を思わせた。白いシャツと紺色のパンツに包まれた身体は女性のように華奢だ。
息子の洋一と似た年頃かしら? この若者が役に立つ?……倫子は再び首を傾げた。
「スクナビコナです……」
彼が会釈すると黒い髪がふわりと揺れる。
妙な名前、日本人ではないのかしら?……倫子は思った。
「本名なのですが、違和感がありますよね。これからは住吉比呂彦と名乗ります」
まるで倫子の心を読んだようだった。薄っすらと微笑んだ顔はギリシャ彫刻のようだ。
ステキ!……一瞬、胸が躍り、背徳的感情が胸を黒く染めた。
背中に夫の視線を感じて振り返る。彼は相変わらず微笑んでいた。写真なのだから当然だ。それに両手を合わせて、彼を忘れかけたことを謝った。
「それで、神功皇后って、何者?」
気を取り直して比呂彦に向く。そこにいるのは彼だけで、あの老人はいなかった。
いつの間にどこかへ行ってしまったのだろう。現れた時も突然だったけど。ひとことぐらい挨拶があってもよさそうなのに。……彼らに対する不信が強まる。
「アインシュタイン博士は?」
「アインシュタイン博士……、そう思いますか?」
探るような目で、彼が倫子の顔を見つめた。
「もちろん本人のはずはないわよね。彼は確か1955年に亡くなっている。でも、容姿容貌を見る限り、あの方はアインシュタイン博士に瓜二つだった」
「アハハ……」彼が少し笑い、息をのんだ。「……申し訳ありません。ご主人の通夜の場で……」
彼が真顔を作る。
「さすが、天才物理学者と称される宗像博士です。真理を見ぬいている」
「私の仕事をどうして?」
彼は何故知っているのだろう?……倫子はいぶかった。
「私たちが何も知らずにあなたを訪ねたとお思いですか?」
言われれば、確かにそうだ。夜中に、しかも通夜が行われている寺にやってくるなど、偶然や行き当たりばったりということではないだろう。
「何が目的なの?」
「アインシュタイン博士が言ったでしょう。まもなく神宮皇后が復活します。それによって人類が滅びるかもしれない。それを阻止するためです」
「亡くなっているはずのアインシュタイン博士が現れたかと思うと神宮皇后が復活するという。それを信じろというの? 第一、物理学者の私に何ができるというの?」
「アインシュタイン博士の言葉を信じられませんか? 彼は確信があって、宗像博士を選んだのです。もちろん、僕もそれを支持している」
彼の言葉に、倫子の脳が
比呂彦が小さくうなずく。まるで倫子の思考を読み、それでいいと示唆するように。
「……神功皇后は主人に忠義を尽くす守護者です」
「守護者?」
信じたばかりの気持ちが砂山のように崩れた。守護者などと言うのは、宗教か、ゲームの世界のことではないか。……自分の中に芽吹いた懐疑に、気持ちが滅入った。
「事務員であり兵士であり、小間使いのようなものです。主人のためなら何でもします。とはいえ、成長する際に取得したデータによって、あるいは環境によって、その性格は変わります。出現した際にどのような特徴を示すのか、今の僕にもわかりません」
彼の言うことが倫子には理解できなかった。
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