3-6話
「この放射線量では、数時間あびても人間どうにかなるようなことはないそうですが……」
矢野准教授がメモに目を落とした。
「今はそうだが、1700年前なら放射線はもっと強かったでしょう。核種によっても変わりますが、今の何倍、いや何十倍も強かったのではないでしょうか?」
蒲生教授が推測を言った。
「そうなのですか?」
矢野准教授が首を傾げた。
「原発事故の折、少々勉強したのですよ。シーベルトやらベクレル、半減期とか。……ほら、放射性炭素年代測定法でも使うでしょう。あれですよ」
「なるほど。確かに、すでに核分裂が済んでしまった核種もあるでしょうね」
考古学者たちの頭を曇らせた放射性物質による不安の霧が晴れた。
「これが天鳥船なら、最初にこれに乗っていたのが
矢野准教授が木野川准教授に尋ねた。
歴史はただの事実ではない。思想でありロマンだ。……吉本は自分と年齢の変わらない准教授たちの気持ちがよくわかった。
「建御雷は、記紀の
吉本のロマンをすりつぶすように、四条教授が事務的に言った。
「天磐船が大和に有るのはおかしくないですか?」
彼に対する反発を覚え、吉本は思い浮かんだ疑問をそのままぶつけた。それがニギハヤヒを乗せて降りたのは河内国だからだ。
「伝説の通りなら、一度河内に降りたニギハヤヒは大和に移動している。船が大和にあっても不思議はないよ。吉本君、専門が奈良、平安時代だとしても、日本神話はしっかり勉強したまえ。神話には当時の人間の思想や思考様式が色濃く反映しているのだからね」
渡辺教授に指摘され、吉本は恥じた。
「移動するあの船を見た者たちの記憶が、前方後円墳を作らせたのだとしたら、古代史もおもしろくなりそうですね」
木野川准教授が前方後円墳型の遺物に目をやり、満面の笑みを浮かべた。
「もし、あの船が飛んでいるのを見たら、前方後円墳の中で天に昇り死者が復活するという発想が生まれるのは至極自然なことだ。が、四条先生がおっしゃるように、あれが空を飛ぶなど夢物語。馬鹿げた発想だ。私たちは、もっと科学的であらねばならない。岩の形と放射能から宇宙船を想像するなど短絡的に過ぎるよ。おそらく、遺跡のどこかに天然ウランを含んだ岩石があるのだろう」
渡辺が難しい顔を作った。
「確かにあんな巨岩が飛ぶことなどあり得ないな」
蒲生教授の声に、天鳥船を持ち出した木野川准教授もうなずいた。
あれが宇宙船でなければ、やはりモニュメントか?……吉本は考え込んだ。そもそも、誰がどうやって作ったというのだろう。眼下にある巨岩は、吉本の持つすべての知識を超えていて、あらゆる推理を拒絶しているように見えた。
「報道関係者が集まり始めていますね」
木野川准教授が言った。彼女が言う通り、発掘現場の周囲にはテレビカメラを手にしたカメラマンがいくらかいて、レンズを巨岩に向けていた。その近くで、先に下りて行った久保田准教授が記者たちに取り囲まれているのがわかる。
「メディアの発表を急いだ方が良いだろうな」
「そうですね。妄想を膨らませた野次馬が集まっても困ります」
四条教授の判断に蒲生教授が応じた。
「遺物の呼び方ですが、当面はなじみ深い天鳥船ということで良いですかな? その方が今後の宣伝も予算の確保も楽になるでしょう」
渡辺教授の提案に反対する者はなかった。
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