Case2―Scene12  追詰

〝令和のスコルピオ〟をおびき出すために荒木が電話をかけたのは、マスメディアではなく傭兵時代に何度も協力を依頼したITエンジニアだった。

 その女は、高くつくが優秀で、スピードと対応力がピカイチだ。最後に会った時はアメリカに住んでいたが、生来が根無し草なので今はどこにいるかわからない。結局今回も教えてもらえなかった。

 今、この世の中はいくつもの世界的な大手ⅠT企業がパブリッククラウドのサービスを展開しているため、特別な準備をしなくても契約だけでその企業のデータセンター上に、簡単に仮想サーバーを構築できる。

 荒木は、そのエンジニアに頼んで、構築したサーバーに簡単なプログラムを載せた。特定の電話番号のスマホでのみ作動し、その端末の位置情報を常に知らせ続けるプログラムだ。

 荒木は有名な動画サイトのURLに似たドメインを取得し、〝ヴィジランテ〟の動画を撒き餌にしてSNSで拡散した。そのリンクを開いたスマホにだけそのプログラムが組み込まれる。普通の人間ならそうそう開くことなどしないだろうが、〝やつ〟は明らかにネットリテラシーが低そうだったから、たぶんほいほい見るだろう。

 指定した元日が近づくまでなかなか反応がなかったから少し焦ったが、何とか数日前に開いたようだ。場所は大阪。うん、久々に食べたいタコ焼きイカ焼き、串カツでビール。大阪旅行ついでに、〝やつ〟を狩るのも良いだろう。


      ***


〝令和のスコルピオ〟の位置情報は荒木のスマホに表示されるようにしていたが、何しろ急造の簡易的なシステムなので、数メートル単位の移動やビルの中など縦の移動まではわからない。

〝やつ〟は年末休みで工事が止まっている建設中のビルを拠点にしているようだが、その中のどこにいるかは掴めなかった。これでは下手をすると、急襲するつもりが逆に裏をかかれて殺られる可能性すらある。

 そのため荒木は、〝やつ〟が出払っているいるときを狙ってその寝床を突き止め、自作した遠隔操作式の爆弾を置くことにした。

 荒木がミスをしたのは、遊び心で〝ヴィジランテ〟の仮面を被せた布製マネキンの中をくり抜いてそこに爆弾を仕込んだことだ。当然のごとく警戒され、挙句の果てに狙撃され、爆弾に使っていたニトログリセリンを刺激し、大爆発を引き起こしてしまった。

 度重なる野戦を経て相当夜目がきく荒木だからこそ、それまでの長時間の暗闇の後、急にあれだけの光量を直視すれば無事ではすまない。最後に垣間見えた〝やつ〟の残像に向かって銃を乱射したが、手応えはなかった。

 二分ほど目の前が真っ白で何も見えない時間が続き、ようやく回復したころには辺りに人の気配は一切なかった。しまった、また逃げられたか。〝やつ〟の現在地を確かめるべくスマホを開いたら、一件のメッセージが入っていた。

『なぜ、僕を狙うんです? 僕が何をしたっていうんですか?』

 荒木は目を疑った。あれだけの人間を殺してきて、その重大性を自覚していないのか?ここまでの異常者だったとは。やはり〝やつ〟は早くこの世から消さねばなるまい。

『そりゃお前、君みたいな悪人を世にのさぼらせておくわけにはいかないだろう』

『悪人? 僕は悪人なんですか?』

『そりゃそうだ。世間一般的な感覚でいうと、何の罪もない人をあれだけの人数無差別に殺すようなやつはまぎれもなく悪人だよ』

『でも、人の生き死になんてはっきり言ってどうでも良いじゃないですか、人はいつか死ぬんだから。この宇宙の、他の誰がそんなこと気にするんです?』

『は? 宇宙?』

『僕が殺そうが、病気で死のうが大宇宙のこのダイナミズムの中で考えたら何の違いがあるんですか? 彼らは運が悪かっただけです』

 荒木は何と返信して良いかわからなかった。〝やつ〟もノッてきたのか、そんなこと構うことなく新たなメッセージを送ってくる。

『僕は気付いたんです。この世界は平等ですよ。どんな人生を送ろうが、死だけは平等にやってくる。どれだけ善行を積もうが悪行を積もうが、死んで朽ちたら平等に終わるんです。そしていつ死ぬかなんてことだけは、平等にわからない』

 ああ、なんだそんなことか。スマホを眺めていた荒木の瞳から感情が消えた。

『高説賜っているところ悪いが、そんなことは当たり前だ』

 今度は向こうからの返事がなくなった。

『戦場では、最前線に何度出ていっても生き残ってくるやつもいれば、後方で補給だけを担当しているやつが流れ弾でやられる。そして仮に生き残っても、次の出撃では死ぬかもしれない』

 そこで一度送信ボタンを押した。その後も、荒木の指は止まらない。

『だから普通はそんなこと考えず、人は必死に生きるんだ。そんな考えしてる時点で異常なんだよ。だからお前みたいなやつのことは消させてもらう』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る