Case1―Scene11  対決

 SNSで、〝ヴィジランテ〟のインタビュー動画のURLが流れてきたのは先週のことだった。

 顔はホッケーマスクのような形の、真っ黒な仮面で覆い、声もボイスチェンジャーで変えている。インタビュアーの声は収録されておらず、テロップで処理されていた。

 ネットではそこそこの話題になっていて賛否両論巻き起こっているが、〝ヴィジランテ〟を名乗る愉快犯の仕業であろうというのが大半の見方だった。滝野自身も本当はこんなもの見るつもりは毛頭なかったが、つい昨日、好奇心に負けて動画を開いてしまったのだ。

 しかし最初の数言で、滝野はこれが〝ヴィジランテ〟本人だと確信した。この、世の中全てを舐めきった口の利き方はあの男しかいない。 

 あんな動画まで出して、やはりあの男はもう僕の居場所を捕捉できてはいないようだ。動画で言っていた通り、あの男も傭兵上がりとはいえ、所詮ただの人間だということだ。ここしばらくはずっと、必死に見えない影から逃げる恐怖心があったが、滝野はようやく心に安寧が訪れた気がした。

 あんな動画を出して、僕をおびき出したいのかは知らないが、何を勘違いしているのか。元日はもう明日に迫っていたが、あんな怖い男に殺されるためにわざわざ出向くわけがない。

 もうすっかり必死になってしまっている〝ヴィジランテ〟をあざ笑いながら、滝野は今、大阪にいた。


      ***


 大阪・梅田の北にある有名な2つのビルに挟まれた広大な再開発地域の内部は、梅田の他の場所とは対照的に、非常に静かだった。元日ということもあって工事は行われておらず、建設途中の高層ビルが未完成の状態で放置されていた。

 数少ない警備員の目をかいくぐり、滝野は未完成のビルの階段を昇る。中には、もう警備員はいなかった。監視カメラもまだない。

 滝野は、年末休みで工事が止まった二日前からここを拠点にしていた。世間に顔がバレていないことを良いことに、大阪の都会の喧騒の中で、滝野自身も年末休みを満喫していたのだ。

 家を出てから今までずっと、なるべく人がいないところを様々な交通手段を駆使して移動して殺人を重ねてきたが、あの程度の男が相手ならそこまでしなくても良かったかもしれない。

 大阪では、久々にビルからの狙撃を決行しようと思っていた。あの男が東京で待ち構えている中で、その裏を欠いて大阪で何人もが死ぬ。あの男がネット上で令和のスコルピオを呼びかけたおかげで、この大恥は世界中の人間が知ることになる。

 もう弾丸は三発しか残っていない。この仕事を最後におとなしく引退して、隠居するつもりだった。名前を変え、自分を知る人が誰もいないところへ。

 しかし、ビルの最上階から三階分下にある、滝野が寝床としているフロアに上がった直後、滝野はその場に立ち尽くした。

 まだガラスもはめられていない大きな窓から差す月明りに、一つの人影が照らされていたからだ。

 その男は滝野が布切れやビニールシートなどをかき集めて作った簡易的なソファーに座り、その横顔をこちらに向けていた。

 数十メートル先の、薄暗い中わずかに判別できるその顔を見た時、滝野は崩れ落ちそうになった。その男の顔が、〝ヴィジランテ〟が動画の中で被っていた真っ黒の仮面そのままだったからだ。

 はあ、はあ…… 呼吸がどんどん荒くなってきた。頭の後ろの方から、心臓の早鐘が感じられる。

 なぜ、ここが判った? やはりこの男は悪魔なのか?

 倒れ込みそうになるのを何とかこらえて、階段を数歩後ずさる。このまま逃げて再び姿をくらまそうかとも考えたが、数秒考えた末、滝野はその場にとどまった。

 四肢を使い身体をずり上げ、そっと目元まで顔を覗かせる。あの男は微動だにしておらず、まだ滝野には気付いていない様だった。滝野は静かに階段を昇りきり、すぐさま左にそれた。

 全く無関係の人間に見つかってもよいように、ライフルと覆面は別のところに隠していた。ビルの骨組みとなっている鉄骨の交差しているところに引っかけてあったズタ袋を苦労して音を立てずに引きずり下ろすと、再び移動してあの男からさらに距離をとった。

 丁度あの男の正面にほど近い大きな柱の陰に這いつくばり、ライフルを構えた。伏射の経験はあまりなかったが、この距離で気付かれては敵わない。

 暗かったが、あの男が動いていないのが幸いだった。強い手先の緊張の末放たれた弾丸は、〝ヴィジランテ〟の心臓を正確に射抜いた。

 やった…… これでやっとあの悪魔から、地獄の日々から解放される。僕はあの男に勝ったんだ……

 そう思って、安心し、全身の力を抜いた直後、その頭上を一発の銃弾がかすめた。柱が砕け、その破片が頭の上に降ってくる。

 何だ! 滝野がその場で頭を抱えた次の瞬間、撃ったあの男の身体が大きな音を立てて爆発した!

 その勢いはすさまじく、爆炎が窓の外にも大きく噴き出し、まだしっかりと作り込まれていない内装がはがれ、吹き飛ばされていく。

 滝野は瞬時に理解した、あれはおとりだったのだ。あの男はまだ、生きている。滝野はその場で起き上がり、階段に向けて全力疾走した。銃声がいくつも聞こえ、自分のすぐ近くを銃弾が通過するのを感じる。やがてその内の一発が、滝野の足首に当った。

「あ、うぅ……」

 滝野はその場に倒れ込んだ。それでも痛みを感じきる前に身体が勝手に動き、ライフルを杖代わりに起き上がり、足を引きずりながらなんとか一番近くの壁の後ろまで駆け込んだ。

 その場に座り込んだときに、ようやく痛みが実感を伴って襲ってきた。あまりの痛さと恐怖に泣きそうになる。

 仮に今ここであの男を殺すことができても、あんな規模の爆発が起こったら、警察やら消防やらが大挙してやって来ることになるだろう。こんな怪我までして、どうすればここから逃げ出だせるのか。どうすればこの世界から逃げ出すことが出来るのだろうか。

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