Case2―Scene11  策略

 令和のスコルピオが活動を再開したのは、最後にメッセージのやり取りをしてから二週間後のことだった。

 最初の舞台は青森だった。もうすっかり雪も降りしきる中、高層ビルなど一切ない片田舎で発生した銃撃事件で、その犯人は一切その姿を隠すことなくライフルを腰だめで三人撃ち殺し、姿を消したらしい。

 青森といっても農村ではなく少しは栄えた町だったので、その数少なくない目撃情報によると、犯人はフードまで被った全身黒ずくめで、その顔面は例のゴリラの覆面で隠していたそうだ。

 今までとはあまりにも違う犯行方法だったので、事件発生当初は令和のスコルピオに影響を受けた別人の仕業かと思われたが、弾丸の施条痕が一致したため警察も同一犯として捜査を進めるようになった。

 その調査結果が出る前から、荒木はその犯行が令和のスコルピオのものと確信していた。〝やつ〟を追い詰めたのは紛れもない荒木自身だ。

 あぶり出すために自宅を突き止めてやったが、逆に家を捨てて行動範囲を広げるとは。荒木はSNSで初報を知ったときに苦笑いしながら歯噛みした。何かの組織に属しているわけでもなく、ただの失踪。これでは、行動を捉えるのがより難しくなってしまうではないか。

〝やつ〟が次に出没したのは新潟だった。その次は三重だった。

 新生令和のスコルピオが出現する前に、ネットで令和のスコルピオの居所だと噂された家の、行方不明の息子がその正体であると警察はすでに疑いをかけていた。

 しかしその息子が十九歳であることもあって、そのくらいの薄弱な根拠では指名手配がかけられずにいた。こうして、今まで一度も顔を見られたことがなく、指紋も残してこなかった令和のスコルピオは、神出鬼没の死神となった。

 荒木はホテルの部屋でテレビのニュースを点け、複数の新聞を広げながら、スマホとにらめっこしていた。

 令和のスコルピオはあの家の息子でまず間違いない。しかしなりふり構わなくなった獣相手に、そんな情報はもはや何の意味もないだろう。家族を人質にとって〝やつ〟を呼び出しても良いが、家族の関係性が見えてこない以上、本当に戻ってくるかはわからない。最悪の場合、あの郊外の家で騒ぎを起こせば警察の大群を呼び寄せることになってしまう。

〝やつ〟はもはや、荒木がいくらショートメールで呼びかけても応答してくることはなかった。電話など言わずもがなだ。

 日本地図、路線図、高速道路図あらゆる地図を見たが、〝やつ〟の行動パターンを読むことはできなかった。あえて規則性を廃しているのだ。

 八方塞がりか…… 荒木は長い間考えた末、電話を一本かけた。暴走した〝やつ〟の行動を掴むには、そろそろ自分も身を切らなければならないだろう。


      ***


―あなたが本物の〝ヴィジランテ〟さんということで……


「そうですよ」


―一体、どういった経緯でこの活動を始められたんでしょうか?


「うーん。ずっと海外にいましてね。傭兵をやっていたんですが、帰国したら日本もなかなかきな臭い国だなと」


―はあ、日本も海外のような治安の悪さを感じられたと。


「そう、バシバシと感じましてね。そう……それで始めたわけです。その……クライムファイターというやつをね」


―しかし、いくら犯罪者であってもあなたが勝手に殺害してしまうというのは問題なのではないですか? それによってあなたも犯罪者になるということですし、犯罪者を見つけたら警察に通報するというのが善良な市民のあり方だと思うのですが……


(ここでしばらく沈痛そうな表情を浮かべる)

「それはわかっているんです。わかっているんですが…… やはりずる賢い犯罪者のせいで苦しんでいる人がいる。その人たちを救うには、警察ではやっぱり力不足であろうと…… 私はそう感じたわけです。法律からは外れようが武力に長けた私のような人間も存在するべきだろうと…… 必要悪としてもね」


―なるほど、日本の警察には任せていられないと。


「そうです。実際に今もそうじゃないですか。もう〝令和のスコルピオ〟事件が始まってから何ヶ月経っているんですか? その間ずっと善良な国民の皆様は大きな不安に襲われている。警察は全然捕まえられていないじゃないですか」


―そう、ここで〝ヴィジランテ〟さんにお聞きしたいのは目下世間を騒がせている連続殺人犯〝令和のスコルピオ〟についてです。〝令和のスコルピオ〟のことも〝ヴィジランテ〟さんがどうにかしようと。


「ええ。私は今まで何度も〝やつ〟に迫りましたよ。あと少しのところまでいったこともある。〝やつ〟を止められるのは私しかいないと確信しています」


―[止める]というのは[殺す]ということでしょうか?


「できれば避けたいですが…… やむを得なければというところでしょうね」

(そしてカメラに向かって勢いよく指をさす)

「とりあえず、〝令和のスコルピオ〟君! こんな卑怯な真似はもうやめて、私と決着をつけようじゃないか! 次の元日、私達が初めて相まみえたあの場所で、私は待っている」



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