Case1―Scene12  終結

 最後のメッセージが来た途端、どこかでガタンと音がした。指先だけは虚勢を張っていても、滝野の全身に震えが走った。頭の後ろで響く鼓動の音が、今まで聞いたことないくらい大きくなる。胸がまた、キリキリと痛み始めた。

 残りの弾は二発。これで仕留められなければ、僕は死ぬ。でも、もうろくに動くことすらできない。

 自分を狙うあの男がうろついているとは考えられないくらい、辺りは静寂につつまれていて、自分の呼吸音だけがひどく目立った。必死に両手で口を手で押さえる。

 しばらくの間は、もう全てが済んでしまったのではないかと思わせられるくらい平穏無事に時が過ぎ去ったが、少し気を抜いたその瞬間、わずかな衣擦れと、砂利を踏みしめる音がした。

 近くにいる!

 衝動的に身体が動いていた。痛む足などかまうことなく立ち上がり、振り返って壁の後ろに一発撃ちこんだ。しかしその後続けざまに三発飛んできた。当たらなかったのだ。

 滝野は足を引きずりながら無我夢中で走った。目の前にあった階段を駆け下りる。しかし途中でつまずいて、残り半分くらいのところで転げ落ちてしまった。

 しかし痛がっている暇などなかった。大きな音をたててしまったせいで、もうまもなくあの男はここに来るはずだ。滝野はライフルで階段の上をじっと狙った。

 真冬にもかかわらず熱い汗が全身から噴き出て、垂れる。滝野はその時、不思議なほど冷静だった。残り一発。感覚が驚くほど研ぎ澄まされている。

 一瞬が永遠にも感じたのち、あの男はその姿を見せた。その影が現れるかどうかのその瞬間、滝野は引き鉄を勢いよく引いた。

 ガチッ

 弾は出なかった。

 え……

 何度引き鉄を引いても、撃鉄はわずかしか動かなかった。

 え、え……

 ガチャガチャと目の前の銃を無茶苦茶にいじる。どうにもならないことを悟りながら、徐々に視界がぼやけてきた。

「運が悪かったな」

 階上から声が聞こえてきた気がした。

 ダメだ。僕は死ぬ僕は死ぬ僕は死ぬ。滝野は夢中で覆面を被っていた。さっきとは比べ物にならないくらい冷たく、にぶい汗がマスクの中に溜まる。血液の躍動と、心臓の痛みがかつてないほど増してくる。

 下腹部から始まった震えが全身にまわった後、滝野の頭が落ち、動かなくなった。

 滝野の心臓は止まっていた。


      ***


 それから間もなく後、〝ヴィジランテ〟が無言で階段を降りてきた。倒れている滝野のマスクと襟の間に指を差し込み、脈を確認する。それから滝野のズボンのポケットからスマホを取り出し、初期化した。

 それだけやって、〝ヴィジランテ〟は滝野のマスクを剥ぐことなく背を向け立ち去った。

 まるで興味を失ったかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る