Case2―Scene10  捜索

 荒木は首をひねりながらスマホを閉じた。シリアルキラーとは初めて話したが、ここまでイカれているとは思わなかった。

 自分がなぜ人を殺すのか。荒木は考えたこともなかった。今までは仕事だった。必要のない殺しはしたことがなかったが、必要ならば殺した。

 確かにあの世界には命の重みなどなかったかもしれない。しかし、戦場ではあの手のシリアルキラーはほとんど見なかった。

 戦場で人を殺すためには頭のネジをいくつか飛ばす必要がある。だが、本当にイカれた奴はいなかった。

 全員自分の仕事に誇りを持っていたし、何より誰彼かまわず殺す人間に、自分の背中を預けることはできない。

 殺しを仕事にして、常に身近にしている人間であるほど、仕事以外で人を殺そうとは思わないだろう。平和に生きる人間ほど、殺しを渇望するのかもしれない。

 いいさ。そんなに自分の命を粗末にしたいなら、俺が相手になってやる。荒木は目を閉じて腕を組んだ。


      ***


 最後に〝やつ〟と交戦して以来、一ヶ月近く〝やつ〟は動かなかった。

 荒木も最初の二週間ほどはツーリングを続けていたが、SNSさえ気を付けておけば別にうろついている必要はないだろうと思い始めた。

 それよりも、〝やつ〟の居所を突き止める方が早い。本当は〝やつ〟が臨戦態勢の時に殺す方が面白いのだが仕方がない。こんなことになるなら、以前からやっておけば良かった。

 荒木は再び〝やつ〟の狙撃場所を巡り始めた。今度は〝やつ〟の動線を一つ一つ確認しながら丁寧に進む。

 荒木が推察していた通り、やはりどのビルにも、地下駐車場から従業員用階段やエレベーターを使って目立たずに屋上に行けるルートが存在した。

〝やつ〟の痕跡はほとんど残っていなかった。かすかに残る弾痕も、〝やつ〟と直接交戦を経験した今となっては、情報量としては無いに等しい。

 さて、どうしたものか。最後に〝やつ〟と対峙した新橋のビルの前で、荒木は途方に暮れた。

 人自体が異物となるジャングルの中の方が、人を探すのははるかに簡単だ。人も車も多すぎる日本社会で、人を探すのがこれほど困難だとは思わなかった。

 思い悩む荒木の横を、一台の車が通った。あの車だ!

 それは新橋で荒木に突進してきた、〝やつ〟の小豆色のセダンだった。しかしナンバーは違っていた。

 荒木は反射的にスマホのカメラを向けた。最近の検索アプリでは画像から逆引きで検索できる。日本車に疎い荒木はようやく、〝やつ〟の車の正体を掴むことができた。

 ナンバーに関しては〝やつ〟が偽装した可能性もあるが、あの車の運転手は別人だろう。今ここであの車を襲いに行く行為ほど馬鹿げたことはない。

 この情報をどう使うべきか。荒木にはある一つの案が浮かんでいた。


      ***


 その日荒木は初めて、今までは見る専だったSNSに投稿を行った。

[私はヴィジランテです。現在令和のスコルピオを追っているが、現在彼の動きが沈静化し、居場所を突き止めるのが困難になっています。ぜひともみなさんに力を貸してほしい]

 そして荒木は、次に〝やつ〟の車の詳細な情報を載せた。ただナンバーは書かないことにした。警察に目をつけられたらすぐに特定されてしまうだろう。

 それに「ヴィジランテ」「ビジランテ」「令和のスコルピオ」を始めとして、注目度の高いハッシュタグをいくつもつけた。

 そして注目を集めるために自分自身でアカウントをいくつも作り、サクラとなって拡散した。スマホとタブレットの両方をテーブルに置き、キーボードを弾くかのように高速で同時に操作する。

 そのかいあって、最初の投稿含め徐々に注目度が伸びていった。リプの数が徐々に増えていく。そのほとんどが、バッシングと誹謗中傷だった。単純に罵詈雑言を載せているもの。〝忠告〟の体裁をとったもの。


『あー、また出たよこの手のヤカラがwwww』

『死ね! 害悪が!』

『こんな深刻な問題で、人を惑わせるようなことをするのはよくないですよ』

etcetc……


 こんなことは想定の範囲内だった。そもそも、荒木の思惑は違うところにあった。

 数時間も経たない内に、DMがいくつも飛び込んできた。ほとんどは同じような誹謗中傷だったが、そのなかのひとつを見て荒木はほくそ笑んだ。

 そこには、荒木が指定した車をどこで見たか、克明に記されていた。他にもそんなDMが沢山来ている。

 ○○の道を走っていました。□□の家のガレージに停まっていました。△△のコインパーキングに停まっていました。

 突拍子もない発言でも、それを信じ、協力してくれる人間は一定数、必ず存在する。以前の作戦でこの手法を使った時より随分と便利になった。相互フォローしなくてもDMが送れるようになり、荒木は同調圧力に弱い日本人からでも簡単に情報が収集できると踏んでいた。

 かねてからいる「ヴィジランテ」信者も敏感に察知しているようだ。いくつかには、熱い声援もついていた。数ははるかに少ないが、投稿のリプにも情報が来ている。

 東京都外など地理的に考えづらいものは省き、ふざけ半分の文面のものも無視した。

 そして最終的に残った者の中から、「ヴィジランテ」への忠誠心が高そうな数人に、DMで車のナンバーを伝えた。

 急造だが、特殊部隊の出来上がりだ。


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