Case2―Scene7  駆引

 周期的に見て、次に令和のスコルピオが現れる可能性が出てくる一週間後から、荒木は日中一ヶ所で待つことを止めて常にバイクを転がしていた。この方が対応速度を格段に上げられる。

 荒木はバイクのハンドルの間にスマホを固定できるホルダーを既に購入していた。充電もできるタイプだ。

 時折SNSを確認しながら、気ままにツーリングする。だいぶ東京の地理もわかってきた。

 そんな生活を続けてさらに十日ほど経ったとき、また〝やつ〟が現れた。

 法定速度を大幅にオーバーして加速する。現場は、新橋のオフィス街。偶然銀座を走っていた荒木なら、数分で駆けつけることができる距離だった。

 バイクで走っていると、目の前で人が撃たれた。周囲がパニックになっている。

 荒木はさらにアクセルを吹かして、目の前を走っている車を何台も抜かした。荒木の目には、一つのビルしか映っていなかった。現場から、約八百メートル。

 前回と同じように、カモフラージュのためか一番高いビルではなかった。だが、目の前で直接狙撃の瞬間を見た荒木には、もはや何の意味もなかった。

 駐車場に入ることもなく、エントランスの前でバイクから飛び降りる。

 はるか遠くで起こっている殺しの要因が、自分たちのすぐ近くに潜んでいることを想像することもできない素人達が、ぞろぞろとビルの外まで出てぼんやりと現場を眺めている。荒木は、そんな流れに逆らってビルの中まで入っていった。

 素早く非常階段を見つけ、駆け上がる。

 五階まで上がったときに、上から二発、銃弾が降ってきた。急いで壁際に寄る。そっと覗くと、手すりの間からライフルの長い銃口が見えた。さらに五階分ほど離れている。

 やはりライフルは強力で、壁は砕け、手すりがえぐられていた。荒木は壁にもたれかかったままスマホを取り出した。

 ショートメッセージが送られてきた電話番号をコールする。誰もその電話には出ず、上から着信音が聞こえてくることもなかった。

 ふん、そううまくはいかんか。

 荒木はやれやれといった顔でスマホをしまった。そのまま拳銃を突き出し、ノールックで上に撃ち上げる。向こうからも再び銃弾が撃ち込まれた。

 荒木はさらにスピードを上げて階段を駆け上がった。足首と足の裏の筋肉をばねとして柔軟に使い、足音も完全に殺している。

 荒木がその時、全運動神経を足の細やかな動きに集中させていたとすれば、全感覚神経は耳に集中させていた。相手の動きを察知するためだ。

 数秒前から、〝やつ〟の動きは止んでいた。ということは。

 荒木は、勢いはそのままに途中で方向を変え、扉を開けて一番近くのフロアに出た。そこはまだオフィスフロアになっておらず、一般店舗のフロアだった。

 だが、どれだけ流行っている繁華街にあろうが、多くの人が利用しているビルであろうが、それだけ高層階の店舗には目的がある人間しか行くことはない。

 そのフロアは、例によって閑散としていた。それぞれの店員も顔に生気がない。荒木は拳銃を革ジャンの下に隠し、辺りを見回した。

 そのビルは厄介なことに、コの字型に通路が伸びており、間は吹き抜けになっていた。

 それぞれの通路に壁もなく、腰までの手すり。時折渡り廊下が、左右を繋ぐ。エスカレーターの位置も交差状になっておらず、複数の階を挟んでも一直線に伸びる、変則的なものだった。思っているより流行りのビルらしい。

 ここで撃ち合いになったら、きついな。視界も良好過ぎる。

 日本のビルで、拳銃を構えてかがんでいるのはさすがに不自然極まりないので、辺りを最大限警戒しながら、大きな柱に背中を預けながら進む。

 次の瞬間、大きなショッピングモールにありがちの、コンクリートの太い柱の一部が轟音とともに砕けた。荒木がいる位置から、五十センチも離れていない。

 銃弾が発射されたであろう方向を見ると、反対側の一つ下のフロアから、銃口を向けている〝やつ〟が見えた。

 人目につくのを気にしてか、パーティーグッズのゴリラの覆面を被っている。顔はわからなかったが、〝やつ〟がウィンチェスターM70を使っていることが判明した。良い銃だが、骨董品じゃないか。

〝やつ〟がいるのは荒木の対角線上。荒木の姿を捉えられる中で、最も距離のある場所だった。さすがの荒木でも、この前と同じように拳銃で狙える距離ではない。

 荒木は着ていた黒の革ジャンを脱いで、腰に巻き付けた。中には白のTシャツ姿を着ていた。そして、次にその階のCDショップの壁面に飾られていたポスターをはぎ取った。

 それは美少女二次元アイドルの等身大のポスターだった。顔の周辺だけをちぎり取り、小さな穴を二つ開けた。そのまま頭に巻き付ける。

 ピンクと水色の背景に彩られた、煌びやかな二次元アイドルのアニメ顔が荒木の傷だらけの顔を隠した。よし、変装完了。

 荒木は監視カメラを気にすることなく、走り出した。プロの陸上選手並みの速さで、通路と吹き抜けを隔てる透明のフェンスに一直線。

 荒木はそのまま、置いてあるベンチを踏み台に、一・五メートルほどのフェンスを飛び越えた。

 視界の悪さも構うことなく、勢いそのままに反対側の一階下、つまり〝やつ〟がいるフロアまで飛び降りる。

 転がって受け身を取った後、荒木は即座に〝やつ〟がいる方向に銃を乱射した。不利な状況を狙い撃ちされないように、威嚇するためだ。

 案の定、〝やつ〟が泡を食って衣料品のワゴンの下に隠れたのが横目に見えた。やはり

〝やつ〟は、撃たれることには慣れていないようだ。

 そうと分かったら、後は距離を詰めるのみ。詰めれば詰めるほど、どんどんとこっちが有利になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る