Case1―Scene6 誤解
あの男と、交信を図りたかった。対話をしたかった。なぜ、自分を狙うのか。どうすれば良いんだろう。どこの誰だか、本当にわからない。
考えてみれば、会うのは簡単だ。いつも狙撃の現場に来るのだから、また事件を起こせばあの男も来るはずだ。いつもみたいに逃げるのではなく、待ち伏せすれば良い。
死神を黙って待つほど馬鹿ではないので、スマホを置いてくることにした。プリペイドで格安SIMを契約し、安い中古スマホに差す。
あの男がこっちの行動パターンを読んでいることはわかっていた。だからスマホを渡す場所は高層ビルにした。
ああいう金をかけて建てられたビルには、監視カメラがたくさん付いている。あの男は万全を期して階段で昇ってくるはずだ。
滝野は、あの男が通るであろう階段の途中にスマホを置いた。そして自分はトイレの清掃員に化けて実際に清掃しながら、最上階からワンフロアずつ、ゆっくりと降りていった。
***
自室のベッドに寝転びながら、滝野は自分のスマホの真っ暗な画面を眺めた。長らく使っておらず、数ヶ月ぶりに引っ張り出してきて、さっき充電が終わったばかりだった。
どんな言葉を投げかけたら良いだろうか?
滝野はしばらく悩んでいた。あの男もあのスマホがこちらからのメッセージだと分かっているはずだ。友好的であるはずがない。
そもそもちゃんと本人が拾ってくれているのだろうか?
位置を捕捉するために入れていたGPSのアプリがいつの間にか抜かれていたので、誰か人の手には渡っているはずだった。
滝野は寝返りをうった。話したいが、話したくない。憂鬱な気持ちが自分の指を痙攣させる。
散々逡巡した末、滝野にはこう打つことしかできなかった。
『あなたは、誰なんですか?』
我ながら、何て凡庸な文章なんだと思う。ここでウィットの効いた、洒落たあいさつができたら、自分はもっとマシな人間になれるのだろうか。
間髪入れずに返信がきた。するとそこには、まるで意味を成さない単語の羅列があった。
『ヴィジランテ』
ヴィジランテ? これもまた久しぶりに開くネット検索のアプリで即座に調べてみる。自警団。なんだこれ? 初めて聞く単語だ。一体何なんだ。
検索画面には、なぜかその後映画やテレビアニメの紹介ページばかりがでてくる。滝野はそれ以上調べることもなく、検索画面を閉じた。
『ふざけないでください。何なんですか、それ』
少し間を置いて、
『みんな大好き、ヴィジランテですよ。世紀の大悪党令和のスコルピオを退治するために奮闘中』と返ってきた。怒りがふつふつとこみ上げてくる。
『さっきから何を言っているのかわかりません。あなたが誰だか教えてくださいと言ってるんです』
『あなたは令和のスコルピオですよね?』
『は?』
滝野は何とかそれだけ打ち込んで、スマホを勢いよく壁に投げつけた。やはり別人だ。あの死神のような男がこんなふざけたやつなわけがない。
この文面から見て、この世の底辺にいるような、イカれたアニヲタが拾ってしまったのだろう。
ベッドからよろよろと起き上がって、滝野はスマホを拾った。
『私はこのスマホを拾ったものです。これはあなたが落とされたものですか?』
そんなメッセージが入っていた。向こうも少しやり過ぎたと反省したらしい。滝野も冷静さを取り戻していた。というより、完全に気が抜けていた。
『いや、そういうわけではないですが、私が渡したかった方とは別の人の手に渡ってしまったようです』
この書き方はまずかっただろうか。ただ単に落とした設定にすれば良かった。あんなところに落ちているなんてどう考えても不自然だ。だが、もう後の祭りだった。
『お返しした方が良いですか?』
『いえ、もう大丈夫です。それは差し上げます』
滝野は、その後すぐ、スマホの電源を落とした。
あの男とコンタクトをとろうとする試みは、結局振り出しに戻ってしまった。だが、もうこれ以上はうんざりだった。
また粛々と、狙撃場所を選びにかかった。滝野にはそっちの方が、はるかに重要だった。
今度こそあの男に邪魔されないように、狙撃可能な建物の中でも二番目の高さのビルを再び選び出した。
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